落とし穴

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TVの明かりだけの薄暗い部屋で俺はうつ伏せにソファに転がされていた。 L字型の先には足を組んで画面を見ている伊純さんの姿が見える。 部屋はエアコンで心地よい涼しさになっていて俺の体にはブランケットがかけられていた。 重い体をゆっくり動かす俺に気がついて 「途中で寝るなよつまんねえ」 何を言われても頭がぼんやりして何の感情も湧いてこない。 「それ」 伊純さんが指差したテーブルの上に大きく膨らんだ茶封筒が置かれていた。 「縦に置いてみ」 言われて手を伸ばすが小刻みに震えて届かず、腕がだらりと落ちる。 一部始終を見ていた伊純さんがため息をついてこちらに近づいてくる。 伊純さんの指で慎重に縦に置かれた封筒はそのまま立った。 「100万円」 そう言ってから指で弾いて倒す。 「今夜の分な」 いつもの俺なら噛み付くだろうが、何故か何も感じない。 疲れすぎたのだろうか。体がだるく、関節は痛い。 「もう少し自分で自分を守ってくれない?」 近くに座り直して背もたれに腕をまわしてめんどくさそうに俺に言う。 「神田紘一に面会に行くたびにお前のこと頼まれるんだけど」 初めて聞く内容に俺は目を見開いた。 紘一さんに会っているなんて思いもしなかった。 「何で俺が知らないガキの面倒見なきゃいけないわけ?めんどくさいから自分でなんとかしろと思っていろいろ教えてやっても全然理解しないし。ホントに大学生か?」 ずいぶんひどい事を言われているのはわかったけど、俺の体はだるくて動かない。脳も溶けてしまったのか何も感じなかった。 何の反応もない俺に舌打ちして伊純さんはまたTVに目を向けた。 厄介なら放っておけばいいしお金も渡さなければいいのに。 そうしないという事は彼なりの優しさなんだろうか。 何とか起き上がろうとするが体に力が入らない。 明日の朝に死体になっててもいいや。すべてなげやりに思って俺は睡魔に素直に従ってもう一度眠った。
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