偽善

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「聡くん、いろいろ詳しいね」 「別に。親父がうだつのあがらないチンピラだっただけ」 人がよくて渡世のヘタな親父を思い出す。どうしてそんな稼業をしていたのか今でもわからない。 ただ女の人にはモテていた気がする。ヒモで食いつないでいたのかな。覚えていない。 昔の写真を見ると俺は親父に似ている。 「お母さん、いつも男の人を部屋によぶの?」 いきなり話の方向性が変わった。さっきの話をよくおぼえていたなと想いながら紘一さんに視線を向ける。 「週末かな。せめてラブホでやってほしい」 「男に暴力ふるわれてるとかはない?」 「それはない。少しデリカシーないだけ。母親の喘ぎ声なんか聞きたくないよ。だから帰りそうな時間まで外で時間つぶしてるだけ」 「そりゃ災難なことで」 人のプライバシーを聞き出しといて興味なさそうにストローをくるくる回している。 その態度が気に入にいらなかった。 「その男の対象が聡くんに変わらないか怖いねえ」 そんな発想をする紘一さんが一番怖いと思う。 「人なんてわかんないもんだよ。聡くん自分で思ってる以上に美貌を持ってるって自覚したほうがいい。危ないから時間つぶしに街を歩くな。何かあればすぐ俺が来るから。名刺に連絡先書いてあるでしょ?」 いつになく真剣な顔で言う紘一さんに圧倒されて俺はうなずいた。 香水の匂いがやたらまとわりついて離れない、その感覚のまま家までクルマで送ってもらった。 家に入る時男と無言ですれ違い、俺の移り香に気がついた母は凍りついた。 何のことかわからないままシャワーを浴びに行った。 その時はいい匂いだな、くらいしか思わなかった。
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