偏屈

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偏屈

うるさい騒音に目を覚ますと掃除機をかけている伊純さんの姿が視界に写る。 「もう昼だぞ」 俺の視線に気がついて声をかけてきた。 「何だよ。自分の部屋を掃除して悪いか」 「伊純さんも掃除するんだ…」 「ほかに誰がするんだよ。起きたんならシャワー浴びてこい」 少し寝たからか、自力で起き上がることができた。 「どけ。風呂場はここ」 フローリングの廊下を今度はクイックルワイパーを滑らせて進んでいく。 けっこうきれい好きなんだな、と気楽に思って脱衣所に入るとそこには洗濯されてたたんである俺の服が置いてあった。 ここまで神経質だと怖い。 俺がシャワーを浴び終わったら浴室の掃除をするのかなと思うと早く出たほうがいいと思って急いで体を洗った。 口は悪いけどけっこう親切にしてくれる。 お金を強引に渡してくるのは照れ隠しなんじゃないだろうか。 損得なしに人に優しくする世界に生きていなかったからどうしていいかわからないのかもしれない。 今まで散々俺をいじめてきた仕返しにわざと甘えてみようかな。 「…服、ありがと」 「ん」 キッチンで何かごそごそ探している後ろ姿にお礼を言う。 「だめだ、どこに仕舞ったか思い出せん」 「自分で片付けたのに?」 「ど忘れって誰にもあるだろ」 「…おなかすいた」 「だから何か作ってやろうと思って調味料探してるんだよ、でもみつからん。」 こんな時間にそんな手のこんだ料理作らなくてもいいのに。 何気なく見渡すと電子レンジの上に赤い缶が置いてある。 「探してるのって、アレ?」 「…あった!」 「消しゴム握りしめて消しゴム探してる子、よくいたよね」 「うるせえな、また犯すぞ」 蓋を開けて中身を確認しながら一人で納得して頷いていた。
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