偏屈

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次々テーブルに並んでいく豪華な中華に目を見張る。 「これ、食べていいの?」 「食うために作ったんだろ。さっさと座れ」 俺には烏龍茶、自分はコーヒーを淹れて伊純さんが食べ始めたので俺も続く。 きのうの夜から何も食べていなかったので正直空腹感がすごかった。 「おいしい」 「飲食店でバイトしたことないの?これくらいは作れるようになるよ。自炊してないのか?」 「こんなに難しいのは作れない。簡単なものしか…」 「早く食え。送ってやれなくて悪いけど俺はこれから用事がある」 さっきからずっとスマホが鳴っているのはその催促か。 「俺のアパートまでどれくらいだろ…。ここがどこかわからない」 「んー…、まあ歩いたら1時間くらいかかるか。クルマなら15分くらいじゃね?食べ終わったらタクシー呼ぶから。タクシー代はあるだろ?」 そう言ってリビングに置きっぱなしの封筒を指差す。 俺はグラスを手でふさいで振り返った。 「少しは学習したな」 伊純さんは満足げに笑っている。 「変なクスリも嫌だけどタバスコとか入れられても困るし」 冗談を言いながら俺も笑顔を返す。 「下まで送れなくて悪い」 ふたりでお皿を食洗機に入れながら伊純さんが言う。ドラム式洗濯機やダイソンの掃除機、空気清浄機など、うらやましい家電でいっぱいの部屋。 伊純さんは心なしか急いでいるように見えた。午後から仕事なんだろうか。 「忘れ物ないか?」 俺は封筒をかばんに入れたフリをしてわざと置いてきた。 「気が向いたら連絡するわ小僧」 「やだ、強姦されるし」 俺はわざとらしく不機嫌な顔をして睨む。 「あれは合意の上だったろ?」 時間があったらもう少し絡みたかったけど、何度も鳴るスマホの音にあおられて急いで出ることにした。 俺は何も言わず笑顔だけ返して、下で待っていてもらったタクシーに乗り込んだ。 わざと忘れた封筒にいつ気がつくだろうか。それを思うとわくわくして自然に笑顔になる。 俺なりに反撃開始だ。
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