偏屈

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5杯目のジョッキを飲み干したあたりでさすがに俺は声をかけた。 「そろそろ帰らない?」 「もう1杯だけ…」 「酔っぱらいの言うことだよそれ」 ぽん、とカウンターに長財布を置いて 「払っといて」 と言って椅子から立ち上がった。 「え‥、ちょ」 財布と伊純さんを交互に見る。外に出てしまった姿を見てあわてて財布の中を見ると100万円入っていた。 『やられた…っ』 この前受け取らなかったカネだろう。 支払いをすませて追いかけると、フラフラと歩道を歩いている伊純さんがいた。 「帰ろう、タクシー呼んでいい?」 「んー…」 座り込みそうな伊純さんの腕を組んで支えながらいつも指名している運転手さんに電話して迎えに来てもらう。 意外とベンチがない。 エアコンで涼んだ体から一気に汗が出た。 渡された財布をあらためて見る。ブランドはわからないが安物ではない。 ここまでされては返せない。 酔って力が入っていない重い人間をなんとか支えながらタクシーを待った。 事態を見た運転手さんがクルマから降りてきてくれて二人がかりで伊純さんを座席に乗せて彼のマンションに向かった。
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