偏屈

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自分のカバンと眠りそうな大人、このふたつを抱えてお釣りをもらう余裕はなく、引きずるようにエントランスを進んでエレベーターの前まで到着した。 そこまではよかったが部屋の前まで来て鍵がないことに気がつく。 「伊純さん、鍵貸して。ねえ起きてる?」 「…よく出来ました」 何事もなかったかのようにすっと立って金属音が綺麗に鳴った。 それが鍵で、ドアを開けてさっさと部屋に入っていく伊純さんを唖然と見る。 「突っ立ってないで入れ」 小芝居にあっさりだまされた。 もうお金を返す気はなくなった。 財布ごともらっとこ。 鍵を閉めて中に入ると伊純さんはTVをつけてビールを前にくつろいでいた。 「暑かったな。なんか飲め。それともシャワーがいい?」 俺は無言で同じビールを冷蔵庫から取って勢いよくとなりに座った。 「お、未成年」 ニヤニヤしている彼に腹が立って一気にあおる。 「伊純さんなんてキライだ」 「もともと好きじゃねーだろクソガキ」 ようやく部屋が涼しくなる。この汗と一緒に自己嫌悪も消えてほしかった。
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