偽善

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次の日から大人たちの俺への接し方が変わった。 まず母親がしおらしくなった。 「聡、きのう誰かと会ってた?」 脱衣所に脱いだままの俺の服を抱きながらよくわからない事を聞かれる。 「神田さんて人とお茶してた。何で?」 「そう…」 母はそう言ってまだ香水の匂いが残っている服を名残惜しそうに洗濯機に入れた。 その週から男が家に来なくなった。別れたのか詳しいことはしらないがとりあえず俺は家に居づらいということはなくなった。 学校でも先生たちの態度は一変した。今までボタンのかけかたひとつ口うるさかった連中が俺にかまわなくなった。腫れ物扱いで関わりたくない感じだった。 俺の知らない所で勝手にいろんな事が起きているのがわけがわからない。 いや、原因はあの人だろう。 いったいどんな魔法を使ってこんな事になったのか知りたくて紘一さんに電話した。 『もしもし』 彼はすぐに出た。 「何がどうなってんの?」 俺は挨拶なしに単刀直入に切り込んだ。どうせ番号で相手はわかるだろう。 『青少年育成に手を貸しただけだよ。もう家に居づらいことはないだろう?』 「それは感謝するけど…。気色悪いよ。みんな手のひら返したようにおとなしくなって、なにこれ」 『それが大人ってもんだよ』 「大人?」 あれだけ綺麗事言って俺をいらつかせてた連中のこと? 『自分の保身を一番に考えて空気読める、それが大人』 とりあえず学校の授業で教わることの真逆の理論を紘一さんは言っていつものように笑っていた。 仕事中なのか誰かと小声で話しているのが聞こえる。 『まあこれで勉学に集中できる環境にはなっただろ?少年』 「え?」 『もう夜の街をうろつくなよ、じゃあね』 そのまま通話が切れた。
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