蓮の花

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伊純さんが寂しそうに見えたのは俺の思い上がりだろうか。 「でも卒業するまでは守ってよ。美智雄さん出てきたんでしょ?」 入り口近くに座っている大柄な男を指差した。 「あいつが身辺警護する」 俺は伊純さん越しに改めてその男を見た。 「これで最後なの?」 まだ先だと思っていた別れが現実的になって急に不安になった。 「それはお前次第だろ。間違っても俺についてこようなんて思うな」 「思わないからこの道を選んだんだ」 「じゃ、せいぜい頑張れ」 どうせ不合格になると心中で笑っているのか、この天秤がどっちに傾くかまだわからなくてお互い何とも言えない。 「親父さん亡くなってるから障壁はないな。コネがあったら最強なんだけどそれはないだろう?」 「ない。まわりは底辺ばかり」 「ここらへんで這い上がれ」 今は伊純さんが進路指導の先生に見えて嫌だった。 俺を止めて欲しかったのか、応援して欲しかったのか、自分の気持ちがわからない。 でもどうせ縁が切れるなら、未練なく完全に切りたかった。 大柄の男が先に出て、俺達が続く。 「毎年猛暑だとしんどいな」 夜になってもぬるい空気がたまっている。 「俺の部屋よってく?」 タクシーのドアが開いて俺たちを待っている。 「珍しいお誘い」 俺は泣きそうな顔で毒づいた。
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