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プロローグ
今でも、昨日のことのように夢に見る。
『はあっ、ぐうっ……』
なにも描かれていないキャンバスのように白い、大理石の床と天井。家具はなにも置かれておらず、あるのは祭壇のような台だけ。その上には何本もの針と、青や緑といった寒色系のインクが載っていた。
そして、この無機質で冷たい空間に響くのは、床に敷かれた薄いシーツの上で痛みに喘ぐ自分の掠れた声。
当時十歳だった俺は両親と町のカーニバルに来ていたのだが、あまりの人の多さに、ひとりはぐれてしまった。
両親を探して歩き回っていると、タキシードを着た花売りの男が話かけてくる。
『君には花がよく映える』
男は俺の耳の上に赤い花を差し、満足に唇で弧を描いた。
それから、どこから来たのか、誰と来たのか。色々と質問をされ、答えていると男の持っている花の香りが強まった気がした。だんだんと意識が遠のき、次に目が覚めると──。
俺は頭がぼんやりとして抵抗もできないまま、あの花売りの男に服を剥ぎ取られているところだった。
混乱で思考もまともに働かない中、冷たい白亜の床にうつ伏せにさせられる。その瞬間、なんの前戯もなしに男の猛りを突っ込まれた。内壁をただ擦られるだけのその行為に、なんの快楽もありはしない。
『やめっ……ううっ』
ただひたすらに異物を押し出そうとして閉まる後孔がめりめりと裂ける痛みと、タトゥーを彫る冷たいニードルが執拗に俺の背を突き刺す痛みに何度も気を失いかけた。
『ああ、美しい』
狂気を孕んだ声が耳元にかかり、俺は恐怖に震える。そんな俺の腰を引き寄せ、自身の欲望を押しつけてくる男は満足げにふふっと笑みをこぼした。
『やめ、て……やめっ』
目に涙をためながらかぶりを振ることしかできない俺の反応を楽しむように、男はさらに激しく腰を揺らす。
『ふっ、ふふ……はあっ。この痛みと快楽を覚えておいで』
背に冷たい指が這い、彫ったばかりのタトゥーをなぞられる。傷に直接触れられ、俺は悲鳴に近い声で叫んだ。
『――い、痛いっ』
背中のタトゥーは焼けるように熱いのに、男の指は血が通っていないかのように冷たい。まるで、まだ針をあてがわれているような錯覚に襲われる。
『助けてっ、誰か……!』
『いつか、成虫になった君を迎えに行く』
その言葉の意味はわからない。理解したくもないが、男はまるで愛の告白でもするかのように甘く、俺の耳元で囁いた。
『その日まで、君が私の感触を忘れないように、たっぷり刻みつけてあげるから――』
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