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『どうやら旦那さんが、愛人に生ませた子供が居たらしくて、浩一君がもしかして危ないかもって、跡継ぎのこと考えて引き取ったらしいわよ。あの子も大変よね、大病院の奥様になれたのに』
―――あいつ。
「外に愛人が居たんですよ。その子供が律君です。事故でICUに入った息子は、いつ意識が戻るか解らないですからね。もうひとりの律君を、愛人から引き取ったんです。奥さんは反対したんですが、後継を考えての事で」
竹塚は其処に原因が或のかと思った。律が大人を毛嫌いする理由。
「云い方を変えれば、もし本妻との子供が意識を取り戻せば、もしかしたら律君は…」
『用済み』という事だ。大人の勝手な感情で振り回されて来た律は、硬い殻の中に閉じ篭っても仕方が無い。律を今すぐに抱き締めてやりたかった。
「様子を見て来ます」
「そうですね。お願いします。……そういえば」
教頭は頷いて立ち上がった。
「ちょうど今日栞を配るのがありましたから、それをお持ち下さい」
堀井家の建物は日本家屋で、庭がだだっ広い。木々が美しく剪定されている。
「庭師が何人必要になるんだか」
初めて来た従姉の嫁ぎ先。母屋から離れた場所に、小さな離れがポツンと在るのに気付いた。
『…はい』
インターホンから、先程の家政婦だと云っていた女性の声がした。
「先程お電話した竹塚です。学校の栞を持って来ました」
『まあ…ご丁寧に。今門を開けますから』
監視カメラから観ているのか、門が開く。
「すげぇな。自動かよ」
「竹塚先生ですね?」
玄関から家政婦が現れ、竹塚を見る。恰幅の良い中年女性だ。
「はい」
「こちらへどうぞ」
中へ案内されて竹塚は客間に通された。ややして、堀井家の妻が和服姿で現れる。
「懐かしいわね翔、学校の教師になったなんて凄いじゃないの」
四十中を過ぎた堀井直子は、中々の美魔女ぶりで気の短さが顔に現れている。竹塚は子供の頃からこの従姉が苦手だった。
「ちょうど学校からの栞も在りましたので…律君はその後どうです?」
「あの子は…。きっと何処かに居んじゃないのかしら?」
ソファに腰を下ろして、直子はどうでも云い様に話す。
「…居ないんですか?」
「知らないわよ。家政婦にも、あの子の部屋へ見に行かせたけど不在だとか。きっと浩一の…私の息子が居る所に居るんじゃないかしら。あの子は私への当て付けに毎日病院に行ってるみたいだし?」
「失礼ながら、姉さんは見舞いには?」
「行かないわよ。浩一が意識不明だなんて私は認めていないわ。私が見舞うのは浩一が意識を取り戻してからよ。そりゃ、最初は私も見舞いに行ってたわよ? そりゃあ毎日ね。でも浩一は指一本動かさないの。そんなのもう見たくは無いわ。それに今私妊娠しているのよ。子供が産まれれば、あんな女狐の産んだ子供なんか此処から追い出してやるんだから」
「っ!」
何を云っているんだと、竹塚は驚愕した。
「仕方ないわよ。だってあの子は私の産んだ子供じゃないもの。私これから産婦人科へ行くのよ、その内帰って来るんじゃないの? あの子の部屋は渡り廊下を渡って、離れが在るから。そちらで待っていたら?」
「あ、あぁ」
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