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「…きっと後悔する」
これは自分への戒め。幸せな家族に影を指したのは、この世に生まれ落ちた律のせい。律は悪くない。自分がよく知っている。それでも……。
『あんたが生まれたから、あの女に捨てられたのよ!』
直子の罵声。それでも差し出した律の手は、大人に拒まれて心臓を凍えさせる。大人を信じてはいけない。信じて捨てられるのは辛いから、大人は嘘を吐くから。
「しないさ」
なのに、竹塚は律の最も欲しかった暖かな手を差し伸べてくる。大人なんてと、解るものかと、律は暗い気持ちになった。
翌日、律は欠伸をしながら教室の扉を開けると、ひとりの女生徒が肩にぶつかり、廊下に飛び出して行った。
「いってぇ~何だよ? ったく」
左肩を摩りながら顔を上げると、教室の中に居た数人の生徒達が、顔を見合わせていた。ひとつの机には菊の花が花瓶に活けて置かれている。
「…なんだ? 花?」
律は横目で見ながら自分の机に鞄を置き、傍に居た女生徒に訊く。
「あの机何? なんで菊なんか飾ってんだ? あれってどうしたんだ?」
訊かれた女生徒は困り顔で俯いてしまう。窓際に居た三人の女生徒達が、クスクスと笑い出した。律は眉間に皺を寄せて見る。それは明らかに質の悪い嫌がらせだ。先程の律にぶつかって来た細木は、確か菊の花が置かれた机の持ち主だ。律は溜め息を零した。
陰湿な虐めは見ていて胸クソが悪い。
「おっは~律~。あれ? どったの?」
平川が教室に入るなり、怖い顔の律を覗き見た。
「なんでもね~っよ」
「…は?」
律はどかりと椅子に座り、平川がおや? と菊の花に気付く。
「だ~れかな? 誰か死んだなんて聞いてないけど。花活けたの誰? 最高だね」
「解る~? うちらだよ最高でしょう? あいつキモイんだよね? ちょっと可愛いからって、私の彼氏に告られてさ。盗人猛々しいったら」
窓際に居たひとりが笑う。
「で? その彼氏どうしたん?」
「細木に振られたってさ。彼氏が私に謝ってたけど。あの女堂々としてて、癪に触る。良い気味よ死ねば良いんだあんなの」
「…へ~?」
平川がにっこりと微笑し、律はドガりと机を蹴り飛ばした。
「きゃっ!? 何? 律」
「あのさ、これ冗談でやってんの?」
「……当たり前じゃん?」
―――この馬鹿な生き物が、クラスメイト?
「冗談か。その冗談が人間ひとりの命の尊厳を踏みにじってるって解んない訳? それに何? 死ねば良いって? ……ふざけんなよ?」
「は? 何マジになってんの?」
太った女生徒がムッとする。
「マジになるわな? キモイだ? ならてめぇのツラは何だ? それで美人だと思ってんのか? まさか自分はキモくない顔だって思ってねぇよな? もし自分が同じ事云われて生きていたいか?」
「っ! 酷い! 私悪くないもの!」
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