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竹塚が律を肩に担ぎ上げたのだ。清水はポカンと見詰める。
「え…うわっ!?」
清水と隣のベッドに居た細木が驚愕した。律はいつもとは違う、高い視線の位置に慄いた。
昼食の時間まで不貞腐れていた律は、いつまでもニヤついている、平川の脚を机の下で蹴った。
「いつまで笑ってんだよ?」
「いや~。あの新任教師、律を担いで教室に現れた時は、女子達のあの黄色い悲鳴凄かったな~」
その後女子達が律に謝ったので、怒りは取り敢えず収まったのだが。
「…面白くない」
律は購買で買った焼きそばパンを齧る。
「そういえばさ、あの後細木の奴教室に戻らなかったな」
保健室で寝ていた筈の細木は、清水に帰ると云って、帰ってしまったらしい。竹塚は竹塚で、女性陣の熱い視線にこれまた何処吹く風と、全く気に止めずに教壇に立っていた。
「…いつからだ?」
律の問いに平川が首を傾げる。が、直ぐに細川の事だと気付いた。
「う~ん。細川ってさ。小さい時からモデルやってるらしくてさ。僻みじゃねえかな?」
「そんなくだらねえ事で? 女って解らねぇ」
「俺は男で良かった。こえぇな」
二人は溜め息を零したのだった。
律は浩一の病室に入ると、背後から堀井和也が律を呼んだ。
「看護師から、お前が来ていると聞いてな」
「……別に。暇だし」
律の手には花を活ける為の、花瓶が抱えられている。和也は目を細める。
「綺麗な花だな」
「…そう?」
律は花を活けた花瓶をサイドテーブルに置くと、和也は眼を細めて口を開いた。
「最近は家ではどうだ? 今直子は妊娠中だから、色々と気を使うだろうが、何かあっても悪気があって、お前に八つ当たりしてるんじゃない。その時は解ってやってくれないか」
ーーー八つ当たりなんて、生易しい物じゃない。
『浩一さんがあんな事になるなんて、お前は疫病神よ!』
『あの女の子供にお母さんなんて呼ばれたくないわ』
『こんな問題も解けないなんて、家庭教師の先生に云われて、私がどんなに恥ずかしかったかっ』
『ごめんなさい、ごめんなさいっ僕いっぱいお勉強するから』
嫌わないで。
どうしてみんな僕が嫌いなの?
僕が何をしたの?
『浩一さんが後継になるのよ、あなたじゃないわ!』
この男は、妻の云い放つ言葉がどれだけ律の心を殺すかなど、考えもしないだろう。愚かで哀れな父親だ。
「…もう帰ります」
「あぁ。そうだな。律、大学は私の出身校に進みなさい。そろそろ進路相談があるだろう? 直子に頼んでおくから」
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