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女性が首を傾げると、竹塚は慌てて母親の夏紀の背を押しながら、キッチンへ向かう。
「律、右手が洗面所だから手を洗ってうがいして来い。この奥がリビングだから」
「? …はい」
「ちょっと翔?」
「いいから!」
キッチンへ消えた二人を見送って、律は云われた場所へ行く。レオが物珍しそうに着いてきた。律はレオの右頬を撫でてみる。するとうっとりと眼を瞑ったレオが可愛くなった。
「お前は暖かいなレオ。いいな、犬が居て」
律は家屋に動物が居ることに憧れていた。友人の何人かはこうして、犬や猫が一緒の生活スペースにいる。
「羨ましい……なんて思っちゃダメなのにな」
律はしゃがんで、レオの首にそっと抱き付いた。
「ねぇ、あの子もしかして直ちゃんとこの?」
夏紀が食器棚から器を出すと、取り敢えずカウンターに置く。
「あぁ。あいつはまだ知らないから云うなよな?」
「……話していないの? あんたがそれでいいなら構わないけど、妹の聞いてた話しとなんだか違うみたいね、あの子」
「まあな。叔母さんの話しだけ聞いて、鵜呑みにするのもどうかと思うけど。あいつは直ぐ怒るけど泣き虫だし、根は優しいヤツだから…なんだよその眼は」
珍獣でも見るような眼で見る夏紀に、竹塚は訊く。
「ちゃんと先生遣ってるのね。偉いわ~」
「先生だよこれでも」
夏紀に律を抱いたとは云えず、さっさと自分も手を洗いに洗面所へ向かった。
「美味しい」
夏紀の手料理はどれも旨かった。肉じゃがに鱈の餡かけ、筍の炊き込みご飯を律はおかわりをした。
「喜んで貰えて嬉しいわ。うちの男達は美味しいとも不味いともなんにも云わないし」
チラリと夏紀が息子を見る。
「美味しいです。あったかいご飯、家の中で食べるの凄く久し振り」
「「……」」
竹塚と夏紀が眼を合わせる。律は幸せそうに噛み締めて、最後に緑茶を飲んだ。手を合わせて「ごちそうさまでした」と云うと、夏紀が両眼を潤ませて台所へ逃げる。
「律君、またうちにいらっしゃいね? またご飯ご馳走してあげるから」
台所から大きな声がした。
「はい。ありがとうございます」
竹塚は向かい側で律の声を聞きながら、台所できっと涙ぐむ母親を思って溜め息を零す。
「飯食ったら病院な」
「うん」
ソファーの脇に置いていた鞄を手にすると、レオがもう帰るの? と頭を律の手に押し付ける。律は名残惜しそうにレオにハグをすると、背後で竹塚が眼を細めた。
「レオはすっかり律が気に入ったようだな」
「そう? だと良いな」
「律君本当にまた来てね?」
夏紀が台所から出てくる。律は改めてお辞儀をした。
「はい。夕飯凄く美味しかったです。ありがとうございました」
二人を見送りに玄関へ向かうと、レオも「ワン」と尻尾を振った。
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