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病室の在る階に行くと、浩一はMRIを撮りに一階へ行っていると看護師から告げられた。病室で待っていると、車椅子に乗った浩一と看護師が戻ってきた。浩一は律を見るなりハッとして目を逸らす。男性看護師が浩一をベッドに移した。
「お帰りなさい。具合はどう?」
律が訊くと、浩一は押し黙っている。
「先生がもう少ししたらお見えになりますので」
男性看護師がそう告げると、律はありがとうとお辞儀をした。浩一はふと竹塚を見ると、竹塚はそっと唇の前で人差し指を立てる。
「律……」
律は浩一に視線を戻した。
「俺、俺……」
喉に手を当てて何かを耐える様子に、律は浩一の背中を擦る。
「焦らなくて良いよ。意識が戻ってまだそんなに経ってないし。云いたいことはゆっくり時間があるんだから、無理しないで」
律の言葉に浩一は双眸を揺らした。
「それでね? 僕これから此処に居る…彼は副担任の先生なんだけど、一緒に旅行行ってくるね。お土産楽しみにしてて」
「……旅行?」
浩一が竹塚を見る。
「うん。先生と山梨の別荘行くんだ。先生の親戚の別荘らしいんだけど」
「っ!?」
律の楽しげな言葉に、浩一が双眸を見開いて竹塚を凝視する。
「律、そろそろ行こうか。浩一君は疲れているだろうから」
「あ、うん。じゃあ行ってきます」
律の背に手を当て、促す竹塚を浩一は凝視したまま固まっていた。
「浩一さん丈夫かな」
「彼が居るのは病院なんだから大丈夫だろう。はら、レオが待っているから」
「…うん」
律は何度も後方を振り返っていた。
富士河口湖町に在る別荘は、緑豊かで目にも優しい景色だった。
「凄い、外にバーベキューの暖炉が在る!」
見上げれば木々の枝の隙間から、木漏れ日がキラキラと輝いている。
二階立ての木造建築は総檜で建てられていて、鍵を開けて中に入ると大きな暖炉に吹き抜けの高い天井が、律を興奮させた。
「律、買った食材を冷蔵庫に入れてくれ」
外から竹塚が声を張り上げる。
「はーい!」
律は返事を返して竹塚の手伝いをした。
「暖炉の在る家って、テレビや映画でしか見たことないや」
「夏でも朝晩は冷えるからな。律、二階のベランダ見てみろ」
「?」
レオと連れたって階段を上がってみる。二階は主寝室とゲストルームが二つ在る。反対側の大きな窓に近付くと、白いカーテンを開けた。
律の大歓声に、武井がキッチンで苦笑している。
『今週三連休じゃない。うちの別荘貸すから、あの子を監禁して犯して。そうね、写真でも撮ってデーターを私に送りなさいよ。写真を現像して主人に送り付ければ、あの子供を後継者から外すかもしれないじゃない?』
ふと、直子の言葉が脳裏に蘇る。とても人間の言葉とは思えない物だ。
竹塚は臍を噛んだ。律は大人を憎んでいた。産みの親に捨てられて、養母の直子には憎まれながら虐めを受け、その中で少しずつ竹塚に心を開いてきたのに、今度は竹塚が律を裏切ろうとしている。
―――幸せになっても良いはずのまだ子供なのに。
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