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時折見せる律の耐える眼差しが、竹塚の胸を痛めた。律は直子と竹塚が従姉弟同士とは知らない。もし知ったら律はどう思うのか。
「先生!」
ハッとして竹塚は律を見た。
「ベランダにラグジーが在る! 後で入って良い!?」
年相応のはしゃぎように、竹塚は微笑んだ。連れて来て良かったと思った。
「飯食ったらな」
「うん。夕飯何?」
「夏野菜カレーだ。律は荷物を二階へ運んでおいてくれないか」
「了解。レオンおいで」
「ワン!」
レオンが尻尾を大きく振ると律の後に付いていく。まるで兄弟のようだ。
律は自分の荷物を二階のゲストルームへ運ぶと、再びキッチンへ戻って来た。
「何か手伝うことある?」
「そうだな。そうしたら此処に出してある野菜を切って」
「はい」
今日の律は素直だ。再会した頃は警戒されて、まるで猫が毛を逆立ているみたいだったのだが。律の包丁を手に、真剣な顔でジャガイモの皮を剥く姿が可愛くて、愛しさが込み上げた。
―――この子は幸せにならなくてはいけない。
直子からどうやって守れるのか。竹塚思考の海を漂っていた。
早めの夕飯を終えた律は、レオンの首にリードを着けて別荘の周辺を散歩すると云いだした。時計の針は十七時でまだ明るい。
「律帽子を被れ」
どこから持ち出したのか、竹塚は麦わら帽子を手に律の頭に載せた。
「うわ、懐かしい。麦わら帽子だ」
「散歩から帰ったらジャグジーに入ろう」
「うん!」
竹塚は玄関ドアを施錠すると、律とレオンで散歩に出掛けた。丘の上から河口湖が見え、大きな木々が夏の日差しをいくらか和らげてくれる。二人が別荘の前の坂道を下ると、近くに在った橋を渡った。のんびりとした時間を律は不思議な気持ちで息を吐き出した。
昔、こうして誰かと歩いた気がする。
―――女の人だったような……。あれは、お母さん?
「どうした?」
竹塚が横を歩く律を見る。
「なんか、さ。夢を見ているみたいだなって」
竹塚が立ち止まった。そこへ県外ナンバーの一台の車が脇を通り過ぎる。この辺りは別荘が多数在るので、きっとそのどれかの家主だろう。田んぼを横目にレオは嬉しそうに歩いていた。律が落ちないように麦わら帽子を支えながら空を見上げる。
「…飛行機雲、あの様子じゃ明日は雨かな。嫌だな雨」
云われて竹塚も空を見上げた。
「雨は嫌いか?」
問われて律は唸る。
「何となく? なんか雨の日って決まって嫌な夢見るんだよな」
「夢?」
「うん。僕が隠れん坊をしてて、誰かが鬼になるんだけど、中々見付けてくれなくて。それでこっそり外に……」
不意に別荘に着いたときの景色がフラッシュバックする。同じ景色。でも建物が違う。きっと気のせいだと律は苦笑した。
「律?」
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