5人が本棚に入れています
本棚に追加
/6ページ
その1.さや×あき-沙弥と明穂-
沙弥と明穂は、保育園の頃からの幼馴染み。
二人は小学校の時も一緒で、何と、六年間を通してずっと同じクラスなのだった。
沙弥は天真爛漫で、好奇心旺盛な女の子。
どんなことでも楽しくしてしまう性格で、二房に別れたツインテールを揺らしながら、今日も騒がしく、小動物のようにちょこまかと走り回る!
例えば朝、明穂が沙弥の家の前で待っていると……。
「明穂~~~! お待た~~~!」
バン! と、ドアを乱暴に開き、食パンを口にくわえたままの沙弥が騒々しく現れるのが定番だった。
「おはよう沙弥。今日も元気だね」
明穂は沙弥よりも背が高く、スラッとしたスタイルの良い女の子。
とても落ち着いた雰囲気を醸し出していて、ショートヘアなのも相まって、服装によっては男子に見間違えられてしまうこともあるそうな。
そんなだから、同性から告白されることもよくあった。
けれど明穂は告白される度に、丁寧に、心を込めて断ったものだ。
『ごめんなさい。私、好きな人がいるんです』
心の底から、申し訳なさそうに相手に告げる。泣かせてしまったときは、本当に凹む。
ちなみに明穂が言う好きな人というのは、底無しの元気さで、いつも明穂を振り回してくれる。言うまでもなく、こいつのことだ。
『やほー。明穂ぉ。またまた告白されちゃってるんだ?』
からかうようににこにこしながら、明穂の背中に張り付く沙弥。
『誰のおかげで断っていると思ってるの?』
『はいはいあたしー! ……ごめんね。迷惑かけて』
からかうのも程々に。沙弥は、明穂の肩をぽんぽんと叩いて慰める。
『迷惑なんかじゃ、ないけど』
『じゃあさ。聞くけど。あたしよりよさそうな子、いた?』
にや~っと、悪ガキのように笑みを見せる沙弥。ああ、憎たらしい。明穂は思わずとっ捕まえてお仕置きしたくなる。
けれど、そんなことをして泣かせたら……。
『あたしなんかより可愛い子、いたんじゃないの?』
『いない! 沙弥が一番可愛い! ……あ』
明穂は、沙弥のことになると決まってムキになってしまうのだ。
『あははっ。明穂ったら、かーわいー』
『もう。からかわないでよ』
『めんごめんご。あはは。お疲れ様、明穂』
二人はとても仲良しで、周りからは彼氏と彼女とか、あるいは夫婦みたいだとか言われていた。
しっかりものの明穂は、実は意外なほどにメンタルが脆くて、いつも沙弥にペースを握られているのだった。
ーー恋人ごっこ。茶番。
他人からそう思われても、別に構わないと沙弥はずっと思っていた。それは、明穂も同じこと。
中学生になった頃。二人は友達の一線を越えた。
告白をしてきたのは、沙弥の方からだった。
春の、暖かい日。学校からの帰り道。人の気配がまるでない、小さな神社の境内。沙弥が、話があるんだと、明穂を連れて行って……。
『ねえ明穂』
『何だい?』
迷いはない。誰かに手をつけられる前に、好きな人を確保する。それだけのこと。
『あたし、明穂が好き。付き合って』
『いいよ。……って。今、何て!?』
言われた側はまるで理解が追い付かない。明穂は思わず聞き返してしまった。
『明穂のことが好きだから、お付き合いして~って言ってるの』
『え? えええっ!?』
どーせこのぽんこつ幼馴染みは、まともに返事をすることなど出来ないだろう。だから、押してもだめなのだから、引くに限る。
沙弥は少し視線を逸らして、さらりと突き放すように言った。
『あたしのことなんて好きじゃないなら、別にいいんだけどさ~』
そんなことはない! 明穂は全力で否定する。
『す、好きだよ! 私も沙弥のこと! ……あ』
『なら、おっけ?』
『……』
恥ずかしくて顔を真っ赤にした明穂は、しっかりと首を縦に振った。うん、と。言葉にできなかったから。
『ふっふ~。やったあ!』
沙弥は思った通りの反応に、にっこりと笑った。狙い通りだ!
『じゃ、そういうことなので。これからもよろしくね。川村明穂ちゃん』
『よ、よろしく。西野沙弥ちゃ、ん……』
なぜかフルネームで呼び合う二人。しかも、ちゃん付けで。
(な、なんでフルネームなの?)
秋穂は疑問に思ったけれど、沙弥のことだ。きっと意味なんてないのだろう。
沙弥は、ふふんと得意そうに笑ってから目を閉じて、少し上を向いた。明穂を見上げるように。
(え? え? ちょっと待って!? な、何これ? どういう……)
明穂は一瞬で理解した。
こ、これは……。
しろと言っているのだ。
沙弥が。
キスを、しろと。
今すぐ。
さっさとしろと。
(え、ええええええええええええええええええええええっ!?)
心の準備が整うわけもない。
あ、ああでも、好きな人がキスを待ち望んでいる。
この思いには応えなければいけないよね! ここでできなかったらきっと、悲しませてしまう! 明穂は涙目になりながら、捨て身の突撃を開始した!
『ん……』
『……』
普段のクールさ加減もどこへやら。
明穂は顔を真っ赤にして、緊張しまくりながら、どうにかこうにか沙弥と初めてのキスを交わしたのだった。
そんなこんなで、二人は怒濤のような流れで結ばれた。
最初のコメントを投稿しよう!