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その2.とも×おみ-智夏と緒美-
一房に編んだ三つ編みと、可愛らしい菜の花柄のカバーがかかった文庫本。
それと、とってもお堅い黒縁眼鏡。
智夏という女の子の外見的な特徴は、そんなところ。だいぶ地味。
「ん~。緒美ちゃん。ちょっと、くすぐったいよ」
「あら、ごめんなさい」
「それ。触ってて、楽しいの?」
「ええ。あなたの三つ編みは、可愛くてたまらないわ。いつまでも触っていたくなっちゃう」
「そ~ですか」
じゃれつかれ、困ったような智夏を見て、緒美はくすくすと笑っている。
緒美はふわふわの、ウェーブがかったロングヘアの美人。
栗色の髪はとてもゴージャスで、まるで中学生とは思えないほどに大人びて見える。
言葉遣いもおっとりしていて、まるでお嬢様のよう。……実際、緒美の家庭はかなり裕福なのだけど、それを鼻にかけるようなことはなかった。
「髪なら、緒美ちゃんの方が綺麗じゃない。ふわっふわでさ」
まるでお人形みたいだよと、智夏は常々思っていた。
「私は、智夏の髪が好きなの」
緒美にとっては、智夏の黒く艶やかな髪を撫でている瞬間こそが、至福の一時なのだ。
緒美は今、智夏の自宅のソファーにてくつろぎモード。
二人とも、やかましく騒いだりするような性格ではなくて、テレビをBGM代わりにするような趣味もなかったので、室内は実に静かなものだ。
この二人の落ちついた関係はまるで、ずっと昔からの付き合いのように見える。けれど実際のところ、二人は出会ってから、まだ一年と少しくらいしか経っていないのだった。
「緒美ちゃんはいいな。すっごく美人で、みんなの人気者で」
「どうかしら」
羨ましそうな智夏に、緒美ははぐらかすような応え。緒美にとって、無責任な他人による上部だけの評価など、まるで興味はなかった。
真実は違うのだ。緒美は知っている。
(本当に可愛いのは、あなたなのよ)
まるでわかっていないのね。
でも、いいわ。それをわかっているのは、私だけなのだから。
そのまま、ずっと気付かないままでいなさいな。
緒美はそう思い、微笑んだ。
誰も知らない秘密を独占していることが、たまらなく嬉しい。
「ど~せ私は、ちんちくりんの地味っ子ですよ」
二人は時々、出会った頃を思い出す。
ーー智夏は、この中学校への入学に合わせるかのように、遠い街から引っ越してきた。
それ故に、周りに知っている人は一人もいなかった。
あるとき。学年全体でオリエンテーションをするというので、二人一組のペアを組むことになった。
智夏は誰と組めばいいのかわからず、積極性にも欠ける性格なので、心底困っていた。
そんな時に声をかけてくれたのが、緒美だったのだ。
「島崎さん。私とペア組まない?」
「え……」
緒美自身、このクラスの中に小学校の頃から知っている人は何人かいたけれど、別段親しかったわけでもなかった。
だから、智夏に声をかけた。知らない者同士。気兼ねすることはないだろうから。
それに緒美は、入学式の際に智夏を一目見たときから、興味を抱いていたのだ。
「藤原さん。いいの? 私で」
「ええ」
むしろ、あなたじゃなきゃダメなのよ。とは、緒美はあえて言わなかった。警戒されてしまうだろうから。
そのことをきっかけに、二人はよく話をするようになった。
緒美は、智夏を一目見た時に、思ったことがあるのだ。そして、どこかでそれを、確かめたいと思っていた。
機会を得るには、接触するしかない。
「ねえ島崎さん。一つ、お願いしてもいい?」
まだ、互いに名字で呼び合っていた頃のこと。二人が中学生になってから、一週間程が経ってからの時だっただろうか。
「何ですか?」
二人で帰る途中。誰もいない公園のベンチで一休みをすることにした。
知り合って間もないのに、お願いをするのは無礼かも知れないけれど。緒美は智夏に、聞かずにいられなかった。
「見せてほしいものがあるの」
「何を?」
「簡単なことよ」
首を傾げる智夏。
「あなたが髪を解いて、眼鏡を取ったところ」
緒美はどうしても、それを見てみたかった。こう見えて、なかなか言い出せなくて、うずうずしていたのだ。
「え? いいけど。でも。……あんまり面白くないと思うよ?」
何だ、そんなことかと。ちょっと照れくさそうに笑う智夏。
そうして自然な手付きで、三つ編みを留めていたリボンを解き、黒縁眼鏡を外して折りたたみ、黄色のケースに入れた。
(あ……)
ぱっちりとした目。柔らかな、優しい眼差し。しゅるりと三つ編みがほどけ、艶やかな黒髪がさらりと風に揺れる。
「はい。どうかな? がっかりした?」
照れながら見せる笑顔がたまらない。
ああ、やっぱり思った通りだ。
がっかりなどしない。するわけがない。
見違えた。
(すごく、可愛い)
自分の予想に、間違いはなかった。
この子は最高に可愛い。
外見だけじゃない。仕草や言葉遣い。性格も。……何もかもが可愛い。
態度にこそ現さなかったけれど、緒美は智夏に、一目惚れをしてしまったのだった。
(いけないわ。私)
そして二人きりだったこともあって、妙に大胆になれてしまった。それが次の、重大な発言に繋がっていった。
「島崎さん」
「何?」
緒美は、取り乱さないようにと必死に自制しようとしたが、無理そうだった。そして、シンプルに思いを告げた。
「好きです」
「……ふぇっ!?」
出会って僅か一週間。
これから仲良くなれたらいいなと、そんなふうに思っていたクラスメイト。クラス一の美人に、智夏は突然告白をされていた。まさに、青天の霹靂だった。
「え? え? えええええええええええええええっ!?」
緒美はそれきり黙り込んでしまった。
無表情に見えて、これでも勇気を使い果たしたのだ。どんなに大人びて見えても、心は小さな女の子。そんなに強いわけではなかった。
「わ、私……。えっと。藤原さんのこと、何も知らない……」
それはそうだろう。そんなことは緒美もわかっていた。だから、断る? それもまた、仕方がないことだ。
「あの、その……。ええと……」
さあ、どうこたえるの? 断るもよし。保留にするもよし。
既にボールは投げられて、智夏が握っている。緒美はただ、口を閉ざして智夏を見つめるだけ。
「その……。い、いい……よ?」
緒美は瞬きすらできなかった。正直なところ、その返答は余り予想していなかったから。
「藤原さんのこと。もっといっぱい、教えてくれるなら。その。……い、いい、よ?」
意外なことに、返事はOKときた。
緒美は素直に喜んだ。
呼吸が苦しくなるような緊張がようやくほぐれ、笑顔を見せる。
「ありがとう。いっぱい、教えるわ。私のこと」
「わああっ!」
もはや、我慢も限界だった。緒美は智夏に抱き着いていた。
小さな体の柔らかくて暖かい感触を、緒美は忘れられない。
「ふ、藤原しゃん~」
(ああもう、可愛い。食べちゃいたいくらい)
緒美は、自制しなければだくだくとよだれが垂れてしまいそうなくらい、智夏のことが好きになっていた。
知り合ったばかり。確かにその通りだ。
でも、好きになった人に好きと言って、何が悪いの?
誰に咎められるわけでもないけれど、緒美は心の中で何かに反発するように、そう言い放った。
告白された側。智夏は思う。
緒美は、他に誰も知らないクラスの中で、最初に声をかけてくれた人だった。
そして、自分の事を好きになってくれて嬉しい。
勿論突然の告白に、大いに戸惑ったけれど、受け入れた。女の子同士ということも、全く気にならなかった。
「好きよ。智夏」
「わ、私も。……好き、だよ。緒美ちゃん」
お互いの吐息まで感じるくらい密着してから離れ、互いに笑いあった。
桜の花びらが散り、風に舞っている。
二人はこれからの中学生活が、心の底から楽しみになったのだった。
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