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日曜日、サーカスは盛況だった。
本当に街中の人間が集まってきているのではと思えるほど、サーカスのテントは混雑している。
今、男の隣では、息子が瞳をきらきらさせてクマの曲芸に集中している。
そんな息子を、男は複雑な思いで見ていた。
サーカスが終わると、男は息子を外の公園に待たせ、一人でテントの裏へ入って行った。
しかし、中には誰もいない。
人を探すうち、ふらふらと楽屋の一番奥へ行きついて、そこでついに、クマの檻を見つけてしまった。
クマは初め、男の存在に気付いていないふうで、与えられたリンゴらしき実をかじって退屈そうにしていた。
もう、あのクマもかなりの年齢のはずだ。
そう男は思ったが、目の前のクマの表情は、驚くほど幼く、無邪気だった。
少しためらってから、男はクマに言った。
「俺を覚えてないかい」
クマはしばらく、小首をかしげて男をじっと見つめていた。
「僕に話しかけたの?」
と、信じられないという顔で言いかけたクマは、途中で口をつぐみ黙った。
そして、
「あっ」と小さく声を上げて震えだし、
「何しに来たんです」
と怯えて訊いた。
「何もしやしねえ」
男は舌打ちするようにクマを睨んだ。
そして、ぽつんと言った。
「おまえ、森へ帰らないか」
クマは眼を白黒させた。男は続けた。
「俺が団長からあんたを買い取る。金ならある」
だけど、と、クマは怯えた表情のままで言った。
「だけど僕、森でひとりでなんて、暮らせないよ」
その時、男の眼に哀しい光が宿るのを、クマは見つけた。
男はうつむいて、ただ呟いた。
「……そうだな」
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