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男が初めにクマに会ったのは、もうずいぶんと昔の話だ。
まだ街が、工場建設に浮かれ騒ぎ、豊かになる途中だったころ、男は役場からの依頼で、山から街へ下りたクマの母親を、銃で殺した。
そのとき一緒にいた仔クマは人間に捕らえられて、サーカス団へ連れていかれた。それが、このクマだ。
男は銃の名手だった。
ほかに何頭も、命令を受けるたび、彼は「危険な動物」を殺してきた。
そのころから、男は街でいくらかの有名人になり、一種、英雄じみた扱いを受けるようになった。
男がもっと若かったころは、町全体がもっと貧乏だった。
男は金も仕事も教養もなく、金持ちが娯楽にしている決闘で生き延びた。
決闘士とは、人間同士が銃で撃ち合い、負ければ死に、勝てば大金を得られる、そういう仕事だ。貧乏人の命を見世物にして金を賭け、金持ちたちは興奮して楽しそうだった。
男は勝ち抜き、金持ちになって、ある日、決闘場を後にした。
「だが、クマはどうだ」男は言った。
「あんたは人気者。しかし、どれだけ金を稼いでも、クマは自由にはなれん。かえって檻の中で大事にされる。見世物としてな。だが、もう終わりにするんだ」
クマはきょとんとして、可愛らしく尋ねた。
「なぜ? 僕、ここが好きなんです。みんなが僕を見て喜ぶことが」
男の眼が、一瞬、光を失った。
曇った眼を伏せて俯く男こそ、檻を出たがって、もがいているもののようにクマには思えた。
クマは長い間、じっとその男を見つめていた。
だが、やがて言った。
「わかったよ。僕、森へ帰ります」
男は喜んだ。
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