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気づくと僕はパソコンを開いたままで眠っていた。
画面に映し出された病名にハッとする。
リンさんに残されている時間は僅かだ。時間を無駄にしている暇はない。
初めて会ったのが春の終わりごろ。
あの日が余命宣告されたエックスデーと仮定すると、もう半年が経っている。本来なら入院準備を始めていてもおかしくない時期なのに、通院を選んでいるのは、手術をしないつもりでいるのだろうか。
でも、それが事実だとしたら家族との時間はより大切なものになるはずだ。
僕にできることは・・・
「いらっしゃい」
僕は物件の管理会社を訪れていた。
とにかく、まずは彼女の名前を知らないと何もできない。
病院へ行っても、なんの手がかりがない状態では無数にいる患者の中から探しようもないし、間柄を頼りにしようとも他人も同然の僕はただ怪しまれるだけだ。
「僕のマンションの隣に住んでる方の名前を知りたいんですが・・・」
「はぁ、なんでまた。直接聞けばいいじゃない」
「それが・・・顔見知りなんですが名前を知らなくて」
なんだコイツ、という顔をされる。
まぁ無理もない。顔見知りだというのにわざわざここまで来て名前を聞きに来るだなんてあまりにもおかしな話だ。
だが、彼女本人には気づかれないところでなんとか役立てることを探さなければと思ったのだ。
「個人情報だからねー。今そういうのシビアなのよ。ポストでさえ名前表記しなくなった時代だからね。ましてやあなた、どういう関係か知らないけど緊急なことでもない限り情報開示はちょっとね」
「そこをなんとか頼みますよ、彼女病気でいつ容態が急変するかわからないんです。色々事情があるみたいで何かあったときに助けられるのは僕しかいないんです」
「なーにをヒーローみたいなこと言ってんだい。お前さんしかいない、だなんてよく言えたもんだ。さっ、うちから言えることはなにもないよ、帰りな」
「僕は本気なんです!!」
勢いあまって声を荒げてしまった。
周りのスタッフも驚いてこちらを見ている。
「ま、まぁまぁ、落ち着いて」
「僕は・・・ただ・・・もう自分の無力さで人が死んでいくのをみるのが嫌なんです。救えるかもしれない命がそこにあるのに、何もできないまま見過ごすなんて、医者を目指す身として許せません」
僕の本気の訴えに、ようやく折れてくれたのか、担当者はこっそりと一枚の紙に名前を綴った。
「君の熱意に負けたよ、でも本来こういうのは違反だからね。孤独死されるのはうちとしても困るから、半々のリスクで。でもうちから教えられるのはこれだけだよ」
ーーーー 桐嶋 栞
紙にはそう書いてあった。
リンさんだなんて、一文字も合っていないじゃないか。
「ありがとうございました」
そう言って深々と頭を下げ、管理会社を去った。
次に、僕はインターネットで彼女のことを調べた。
今の時代、人々の情報はSNSなどですぐにわかる。
「桐嶋・・・栞・・・」
彼女はSNSを一切やっていなかった。
他にわかることといえば彼女の名前と、お子さんの【ゆず】ちゃんの名前だけだ。
ダメ元で、ゆずちゃんの名前と一緒に検索をかけた。
「これは・・・」
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