80人が本棚に入れています
本棚に追加
それから僕らは貪るようにお互いを求め合った。
ソファからゆっくりと、リビングのラグが引かれた床へ誘導した。
なるべく無理をさせまいと、僕が率先して。
そして、この事実がすべて僕のせいだと片付けられるように。
ひとつひとつのキスに、栞さんは体をよじらせながら声をあげた。
その姿があまりにも可愛くて、更に気持ちは盛り上がる。
「名前・・・」
「ん・・・?」
「教えて・・・」
「京一・・・」
とろけた瞳でそう聞けば、更に求めるように何度も僕の名を呼んだ。
その度に高まる思いに激しさは増し、栞さんは声を上げ、背中につめを立てる勢いで僕を捕まえた。
何度も唇を重ね、交じり合う吐息は熱く、滲んだ汗とあふれ出るものが互いのものと交じり合った。
燃え上がった熱が、二人を甘い甘い地獄へと誘っていった。
「京一・・・京一・・・」
耳の中でリフレインするほどに、栞さんは僕の名を何度も繰り返していた。
・・・
・・・
栞さんは病人だ。
病人だというのに、僕は体を重ねてしまった。
弱みに付け込んだと言われても、しょうがない。言い逃れもできないし、
もう後戻りはできない。
このまま距離を置くか、より近くに身を置くか。
選択肢は一個しかなかった。
力を使い果たし眠ってしまった栞さんをベッドへ連れて行き、僕はベランダへ出た。ポケットからタバコを一本取り出し、ライターで火をつける。一度、冷静になる時間がほしかった。
もしこのまま曖昧な関係を続けるなら、僕は悪者になるべくその役目を全うしなければいけない。
今の僕に言えた事ではないが、彼女には今も大切に思う家族のもとで幸せになる必要がある。看取るべき存在は、僕ではない。わかっている。
だが、僕に本当にできるのか。
今までの自分の中になかったようなことが僕に務まるのだろうか。
いや、やるしかないんだ。
僕に化せられた使命は、きっとこれだ。
栞さんの人生に、僕の記憶はなるべく残さないほうがいい。
忘れられるような出来事を残すんだ。
綺麗な思い出ではなく、記憶から消し去りたいと思うほどの悲劇を。
悪者を演じ切り、忘れられていく存在が僕にはちょうどいい。
本来の幸せを取り戻すのがきっと僕に与えられた使命だ。
栞さんを思う気持ちに、誠意を表す方法はこれしかない。
最初のコメントを投稿しよう!