甘い地獄

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それから僕は度々栞さんの部屋へ通い、ときたま自分の部屋へも招いた。 お互いの寂しさを埋めるように、何度も求め合った。 この距離感が当たり前になってきた頃、栞さん自身も日に日に僕にはまっていくのが手に取るようにわかった。その気持ちは嬉しくもあり、そして逆手をとるように胸を締め付けた。 向けられた感情を素直に受け取ることができない、それは役目を全うしている自分への罰だと思った。 だけど、これはあくまでも彼女のため。 なるべく早く僕の説得に応じて入院治療を承諾してもらうためだ。 そう言い聞かせながら、つきまとう罪悪感を噛み砕く日々が続いた。 そしてそれと同時に、栞さんへ対する気持ちへの甘えを感じ、言葉にできない苦しみと戦った。 季節は冬に変わり、吐く息は白く染まっていた。 栞さんは自分の部屋からあまり動かなくなっていた。 いつものようにインターホンを押しても、今日は返事が無い。 「栞さん?」 ドアノブをひねると、鍵は開いていた。 嫌な予感がする。 「栞さん!!」 部屋の中で栞さんは倒れていた。 以前倒れた時よりも深刻な状況なことを一瞬で察した僕は、すぐさま救急車を呼んだ。 5分程で駆けつけた救急隊員に運びだされ、立会い人として僕も同行することになり、彼女の保険証などを持って一緒に病院へ向かった。 医者から聞かされた結果は予想以上に心をえぐるものだった。 「厳しいお話ですが・・・もう手術しか手はありません。延命投薬も望めない状態です。早急に骨髄ドナーを探す必要があります。」 「そんな・・・」 「このまま入院手続きになりますので、患者さんの身の回りのものなどお持ち頂けると助かります。お願いできますか?」 「はい・・・わかりました」 「ドナーが見つからない場合、命のある限りは入院生活になると思われますので、なるべく患者さんが快適に過ごせるように、余裕を持った数をお持ちください。宜しくお願いしますね」 医師の言葉は淡々としていて、無駄がなかった。 それが余計に胸の奥にダイレクトに刺さるようで、ズキッと鈍い痛みを感じる。 改めて、栞さんが死と直面していることを実感した。 いつの間にか目を逸らしていた現実は、あまりにも辛かった。
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