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栞さんの部屋に一人で戻り、入院生活に必要そうなものを調べながら用意を始めた。とりあえず一番必要になるのはタオルだ。それから、洗面台にある生活で必要そうなものを片っ端から袋に入れた。
それから、パジャマ。きっと院内着を着ることになるとは思うが、一応あったほうがいいだろう。
それから、携帯の充電器も…
そういえば栞さんが携帯電話を使っているところを一度しか見た事がない。
確かに携帯はあるだけ身元を晒すアイテムになる。
きっと耐え切れなくなったときに家族に連絡してしまうんじゃないかという推測と、いつか身元がバレて家族の元へ引き戻されることを恐れたんじゃないか。
まぁ、それは置いといて他のものを探そう。
準備が進む中、アンティーク調の棚から一枚の紙が飛び出ている引き出しが目に入った。気になって開けてみると、そこには沢山の手紙が入っていた。
その手紙たちの宛名はほとんどがゆずちゃんへ向けたものだった。
「ゆずへ
元気にしていますか?
ママは日に日に元気がなくなってきています。
ゆずに会えなくなってもう半年以上が過ぎたね。
勝手なママを許してください。
幼稚園で元気いっぱいに遊んでいる姿や、
小学校へ入学する姿、
いつか好きな人ができたと相談してくるゆずを
もっと見ていたかった。
だけど、ママを見て悲しむ姿だけは見たくなかったから
一人で遠くに来てしまいました。ごめんね
パパと一緒に長い人生を楽しく暮らしていてください
愛するゆずへ
ママより」
他の手紙にも、沢山ゆずちゃんへの愛が綴られていた。
そして、旦那さんに向けた手紙もあった。
「パパへ
勝手にいなくなってごめんなさい
ゆずのことを考えると、
こうするしかなかった
貴方と出会えて、ゆずを授け受けたことは
私の人生で一番の幸せでした。
パパ、
ゆずのことを宜しくね
ママより」
涙が止まらなかった。
栞さんの正直な気持ちが綴られている手紙は、引き出しいっぱいに入っていたのだ。家族の悲しむ姿と引き換えに、自分ひとりで人生を終えようとしていた葛藤が、溢れ出ていた。
この部屋で、一人暮らしていた寂しさを考えると僕にぬくもりを求めたのも致し方ないように思える。
身寄りのない彼女の、唯一の拠り所だったんだ。
なるべく家族を思い浮かべるものを置かないように、食器類も一人分に収め、自炊をすることもやめ、人と関わることを避けた。
人と関わることで、自分の死に関わる人を増やしたくなかったんだ。
そして、
自分の病を受け入れ、選んだ選択に対し「生きたい」と願わないように。
あまりにも残酷で優しい愛情が、他人の僕を苦しめた。
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