出会い

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時折、隣の部屋からはテレビの音と、泣いているかのような声が聞こえた。そして、ベランダで誰かと話す声。決して明るくはない声色で、淡々と相槌を打つ、そんな会話だった。ここに暮らし始め、1人になってからも気になったことすらないような些細なことに意識が向かっていた。こんなことを彼女が知ったらどう思うだろうか。きっと軽蔑して、引っ越してしまうだろう。 「あの」 思い切って声をかけたのは梅雨が明け、季節が夏になってからだった。向けられた視線は思ったよりも冷たく、頭に後悔がよぎる。一体、僕は何をしているんだろうかとさえ思ってしまった。 「なんでしょうか」 予想通りの冷たいトーンの声が相槌を打った。まるで、思考を全て凍りつかせるような声だったもので、このまま話し続けていいのかさえ迷ってしまった。でもここは、きっかけを作ったのだから、言ってしまおう。 「いつも、コンビニ弁当ですよね…」 その日も彼女はコンビニの袋を片手に持っていた。確かに手っ取り早くていいかもしれない。一人暮らしの女性で毎日コンビニ弁当なんて別におかしくはない話だ。話しかけるきっかけ欲しさなのが見え見えなのは自分でもわかるほどだったが、とりあえずの迷いを消した。 「あぁ…」 明らかに迷惑だと言われんばかりの反応だ。これは大失敗に違いない。目線をコンビニ袋に落としたまま、気まずい雰囲気が流れる。何か挽回できる言葉を探していると、彼女が口を開いた。 「…楽なんです。別に、料理しても食べるのは私だけなので」 そう言うと、彼女は少しだけ口角を上げたがあまりにも下手くそな愛想笑いでなんだか僕まで悲しくなってしまった。 「そうなんです…ね…。」 自分から話しかけておいて相手に委ねる相槌を返すなんて卑怯だと思うが、自分にはこれしか言えなかった。あまりにも、解決策が思いつかず言葉が詰まってしまう。 「では」 そう言って彼女は会釈をして玄関に手をかけた。 「あの…! もしよかったらなんですけど、今度一緒にご飯に行きませんか」 勇気を振り絞り声に出した。女性をご飯に誘うなんて、咄嗟に思いついたことを思わず実行してしまった自分自身にまず驚きだ。ゆっくりとこちらを向き、小さく頷くとドアを開け部屋の中へ入っていった。 それが会釈だったのか、お世辞だったのか、はたまたOKだったのか小さい脳なりに考えてみたが、やはりわからなかった。鍵を開け、僕も自分の部屋の玄関を開けた。 食事は基本自炊をしている。一人暮らしを始める前に両親にキツく促され、外食はほぼしないし、コンビニ飯もしない。勿論コンパや飲み会にもほぼ顔を出さない僕は完全に付き合いの悪い学生だと思う。 周りの同級生や後輩は大学ライフを謳歌している中で、ポツンと浮いているが、僕はそれでよかった。一匹狼スタイルを貫いていた方が、何かと楽だからだ。人に合わせる必要もなく、気を遣うこともない。そして、無駄な裏切りも、悲しみも感じずに済む。自分次第で全て決断できる自由に勝るものはない、と孤独ながらにどこかで勝ち誇った感情さえあった。 例えば大人数で飲み会へ行く。周りの流れに合わせて飲むペースを決める。自分が酔っ払って人に迷惑をかけることもあれば、迷惑を被ることもあるだろう。更に大人数でカラオケに行ったならば順番待ちで歌いたいタイミングで曲が回ってこないこともあるし、いつの間にか人数が減って後日いなくなった者同士が付き合ったと噂で聞くこともあるだろう。正直そんな付き合いは自分には向いていない。自分勝手なのはわかっているし、気難しいタイプの人間だということも自負している。 ただ、人と関わるのが苦手なだけなのだ。 それ故に心を許せる相手と出会えることは自分にとって奇跡のように近い出来事だった。 今、隣の部屋の彼女に心を委ね始めている自分はどうかしている。何も知らないのに、日を重ねるごとに想いは募っていった。
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