お化け屋敷

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「きゃあああああ!!」  結衣の悲鳴に誰もが振り返った。  地方の遊園地。ご多分に漏れず、もし行くんだとすればあそこかあそこ、と二強の遊園地の出現に、どこの遊園地も疲弊しきってる。が、ここに起死回生を狙い、新しい試みを打ち出した遊園地がある。  構想に幾年もかけ、資金集めに靴底を減らし、最新の技術を持ち寄り、最狂のアーティストを呼び寄せ、最高、最恐、最先端の『お化け屋敷』を敷設することになった。  その名も『お化け屋敷』  あえて奇抜な名前は使わず、工夫せず、ひねることもしない、入ってもらえればそれだけのクオリティを提供する自信の表れ。 「じゃ結衣、テスト行ってきてくれ」 「はい、わかりました」  私は、このクリエーター集団に入れてもらって、まだ一年足らず。一番下っ端だ。  高校、いや中学ではすでに、美術系、特に絵画では誰にも負けないと自信を持っていた。それは、ずっとずっと小さい頃から描いてきたから。まわりの子たちは手足を棒で描いたり、いびつな丸の中に目、口、髪の毛を描いてお母さんだとか、台形のスカートを描いて女の子、なんて言ってたけど、私はそれらに違和感しかなかった。その時は言葉が未熟で言い表せなかったけど、立体感や遠近法がないことに不満を持っていたのだ。例えば顔を触っても、鼻は出っ張ってるし、横にずらせば、一度沈んでまたほっぺがふくらんでる。髪も、自分でもそうだけど、朝はママがブラシを通してくれるだろうに、みんなときたら黒一色でぐちゃぐちゃっと描き殴るだけ。そう、そういえば色もそう。黒ばっかじゃないのに、明るいとこや暗いとこ、また茶色っぽいひともいる。なのに、その違いを描かないのはどうしてだろうと思ったものだ。  一度、自分の持ってる色の概念と共に、となりの子にクレヨンの色がそれしかないから黒で塗ってるのかと聞いたことがある。しかしその子は、きょとんとした顔でこちらを見ていた。  それを境に、自分はひととは違う人間なんだと思った。寂しくもあったけど、同時に誰も知らないことを解ってることに優越感も感じていた。  それからは知識も増え、学び、描き続け、芸術大学にも入学した。けれども、自分のやりたいことは、ここじゃない、ここでは表現しきれない、どうしてもこの小さな空間では足りないと、学校をあとにした。  そして、ふらふらと外国へと旅立った。本物に触れようと思ったから。とても危険な目にも合い、ひもじい思いもした。けれどもやはり本場。美術館、劇場など芸術の空気には触れることができた。が、どれも自分のやりたいこととニュアンスがどこか違っていた。  ある日、広場では大道芸かなにかが催されていた。瞬間的に『これだ』と胸にずしりとくるものがあった。  それぞれがまったく違う表現を、そして、それが交差して絡まり合い、また引き離される、得も言われぬ芸術がそこにはあった。  どこに焦点を合わせても素晴らしく、だからこそそれぞれどれも見逃したくない。身体は震え、目から涙がこぼれてた。時を忘れ見入ってると、やがて終わりがくる。  結衣は思わず走り出していた。拙い英語で、自分の持ちうる最高の賛辞を贈った。  すると返ってきたのは日本語。なんと日本を拠点にしているとのこと。  灯台下暗しとはまさにこのこと。すぐに日本に帰り、門を叩いた。  やはり芸術集団。一般的な常識や道理がぶっ飛んでるひとばかり。とりあえず一般社会との懸け橋兼見習いとして入団を許された。  お化け屋敷の入り口は、もう冷気が漂っている。オープン前なんだから、ある程度端折ればいいのにと思うが、遊園地側の意向で、本番と変わらず、また時間の許す限りブラッシュアップをと言われてるから仕方ない。  結衣はお化け屋敷入口で手を大きく上げて、ディレクターに入場を伝えた。ディレクターも軽く手を上げそれに応えた。 「す、すみません」 「え……?」  いざ入ろうとした時、見知らぬ男性から声をかけられた。関係者以外立ち入り禁止のはず。だけれども……、身なりは毛玉だらけのスウェット。もしかすると関係者なのかも。 「あ、ボク技術班のハセガワと言います」 「は、はぁ」 「ボクも一緒に行けって。上のひとから言われて」  う~~ん。ディレクター、またクレイジーなことを企んでるのかな。いや、それとも中の仕掛けのアイデアを出してこいって言ってるのかも。もし、そうだとしたら技術さんがいてくれたほうが、仕掛けについてアドバイスがもらえるかも。 「分かりました。じゃあ行きましょう」  中に入ると、AIが素早く入場者の全身をセンシングする。重低音が心拍数に働きかけ、同調したかと思えば、知らない内に早くしていく。そうかと思えば、音楽の鬼才が奏でる音が、それなりに整ってた心拍数を今度は乱高下させた。 「ひぃ~~」  ハセガワ氏が声を上げる。結衣は制作だから、ある程度は予測済み。というより、仕掛けはほぼ頭に入っている。けれど、やはり聴覚や身体に響く音には不安定な気持ちにさせられるのだが。 「うわぁぁぁ」  生ぬるいただの風なんだけれども、センサーで読み取ったデータから、AIによって最高潮の恐怖となるのだった。これにも気味の悪さを覚えたが、ハセガワ氏が先に反応する。 「いやぁぁぁ!」  造形の鬼才が丹精込めて作り上げた、まるでさっきまで生きてたような人形が飛び出し、こちらをにらんだ。これも、AIが最も効果的になるように演出する。 「も、もう、ボク、ダメ、ダメです」  嘘でも技術者としてかかわってるのに、まだ序盤で腰を抜かしてるとは情けない。 「ハセガワさんって、まだ入ったばっかなんですか?」  半ば呆れながら聞いてみた。すると予想通り。 「は、はい。こんなのって聞いてないんですもの」 「けど仕事ですからね。次、行きますよ」 「ふぁ、はい~~、ひぃっ!」  今度は地面が揺れた。事故にはならない程度、しかし大型動物の胃袋の中といった様子の気持ち悪い揺れ方。  ハセガワ氏はもう涙目。けれど結衣は、そんなのに構ってられない。自分の仕事を少しでも採用してもらうために必死だ。 「はぅっぐ!」  また奇妙な声を出して驚くハセガワ氏。後ろから大きな咆哮と、巨大な手のような熱と圧力が感じられた。事故にはいたらないくらいの衝撃にころんだふたり。真っ暗な中で、次はすすり泣く女性の声。 「うぅぅぅ~~」  ここまでくると、仕掛けなのかハセガワ氏の怯えた声なのか分からなくなってくる。 「ひぇ~~、ぎゃ~~!、うわぁぁ‼ダメだぁぁ!」  仕掛けのひとつひとつに、その都度ハセガワ氏は声を張り上げた。毎度腰を抜かさんばかりに。そうして、ようやく出口までたどり着いのだった。  結衣は思う。ハセガワ氏の声は確かに邪魔だったが、自分の仕事ができなかった言い訳にはならない。でも、ディレクターへの報告はしなければいけない。何かしらの改善点やアイデアを出さないわけにはいかないのだ。 「で、どうだった?」 「え、ええ、そうですね……」 「ん、なんだ?」  各メンバーの趣向を凝らした仕掛け、しかも、とても力の入った出来栄え。結衣はそれらに、異を唱えるための研ぎ澄まされた鋭敏な感覚を保つことができなかった。何をどう報告しても嘘になってしまう。けれど、せっかく入れたアーティスト集団。ここにどうしてもいたい。しがみついてでも離れたくない。それらの緊張が、絶対にやってはならないと思っていたハセガワ氏のことを告げ口するという行為を余儀なくされた。 「あの、ハセガワさんが……」 「ハセガワ?」 「はい、技術班の……」  そこに技術班長が口を挟んだ。 「ウチに、ハセガワなんてのいないぞ」 「あ、えっと、入ったばっかだって言ってました」 「ふ~~ん?結衣、これ見てみろよ」  ディレクターはお化け屋敷の内部映像を再生させた。すると、そこには結衣ただひとり。ハセガワ氏の姿はどこにもなかった。 「そんなはず……」  結衣が進んだ先のカメラに切り替えても、ひとりで映ってる事に変わりなかった。 「結衣、アイデア出さないんだったら、明日からもう来なくていいわ」  ショックのあまり、一気に血の気が失せ、もう何もかもが終ったと感じた。  そして私は叫んだ。  まことしやかに噂されるお化け屋敷に出るという本物のお化けに遭遇した事ではなく、退団を言い渡された事に。  その絶叫と共に気絶し、病院送りとなった。 「それにしてもディレクター、ちょっと厳しすぎませんか?」 「ま、アイツの唯一の功績として、病院送りを出したお化け屋敷って、看板の隅にサブタイトル入るからいいんじゃない?」 「まぁ、今の時代嘘を書いたらネットがうるさいですからねぇ」 「そうそう、嘘はダメだからな。あっ、それならもうひとつ。アイツの案を採用して、AIに水先案内人ハセガワってのを作らせようか」
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