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PROLOGO
広い廊下に、慌ただしい複数の足音が響いた。
貴族の別邸だと聞いたが、天井は高く本宅と見紛う程に豪奢な内装だ。
乳白色を基調とした壁と床には金の装飾が施され、一定間隔で置かれたギリシャ風の像が、物々しく駆ける者たちを見下ろしている。
ジュスティーノ・オルダーニは、後ろを小走りで駆ける付き人達を振り返った。
複数人で、それぞれに腕や足を持ち病人を運んでいる。
荷物持ちの付き人だったが、所有地の視察中に突然倒れた。
高熱で意識ははっきりとせず、どこかに痛みがあるのか時おり顔を歪めた。
地元の者に医師の家を尋ねここに来たが。
廊下の一角に張られた大きな一枚鏡には、焦った自身の姿が映っていた。
二十歳を過ぎた割には成長し切っていない細身の体躯、アーモンド型の目。焦茶色の短髪は、少々乱れていた。
首元に付けた襟締が僅かに解けかかっている。
ジュスティーノは、長い廊下の先を見た。
これだけ足音を立て駆けていても、使用人の一人も通りかからない。
正門にも番をする者はいなかった。
門扉の前で名と要件を言ったが、誰も出ては来なかった。
仕方なく無断で敷地に入ったが。
重厚な玄関扉すら鍵が掛かっておらず、簡単に開いた時には唖然とした。
無人の屋敷かと思い玄関ホールを見回したところ、二階から大勢の声が聞こえた。
遊びに興じているような様子と感じた。
内輪のみのパーティーでも開いているのか。
声を頼りに階段ホールを昇り、廊下を来たが。
身長よりだいぶ高い扉を、ジュスティーノは見上げた。
この扉の向こう側から、甲高い何人もの声が聞こえる。
おそらく広間だろう。
ここで医師のいる部屋を聞くしかあるまい。
ちらりと病人の様子を伺ってから、ジュスティーノは両手で扉を開けた。
「勝手に屋敷に入った無礼はお許し願いたい! 医師のパガーニ殿はどちらにおられる!」
ジュスティーノは声を上げた。
次の瞬間、目を見開き呆然と広間の中を見回す。
ぎっしりと犇めいて、床やテーブルに気怠く寝そべる如何わしいドレスの女達。
乳白色の室内に、色とりどりのドレスと様々な色調の長い髪が溢れ、華やかなパッチワークを見ているようだった。
蒸せ返るような緊い香と強い酒の香りの中、止まることなく聞こえる小悪魔的な含み笑い。
艶っぽい脚を露にし、濃い色調の飴に舌を這わせる女。その女の上に、しっとりと撓垂れかかる何人もの女。
旧約聖書のソドムの街の享楽とは、こんな感じだったのだろうか。ジュスティーノは、そんなことを想像した。
窓の近くで、女達に囲まれ身体を起こした者がいた。
この広間の中で唯一の男性とみえた。
二十代後半ほどだろうか。
肩幅が広く、長身の体格のようだった。
非常にくっきりとした目鼻立ちであることが遠目でも分かる。
薄い鉛色の髪を長く伸ばし、だらしなく乱れたシャツの胸元に垂らしていた。
「これは……」
男性は、鋭い切れ長の目をこちらに向けた。
傍らにいた淫らな格好の女の肩に肘を掛ける。
「御使いが軍勢とともに諌めに参ったか」
気怠そうに男性は立ち上がった。
「是非とも知らねばなるまい」
そう言うと、女達を軽く押し退けこちらに近付く。
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