2. LABIRINTO

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 下男が背中を丸めて咳をする。  イザイアに教えられた通り、ジュスティーノは口に手袋を当てた。 「お前にも医師を呼ぶ。そのままでいろ」 「いや……あたしは」  息を切らしながら下男が言う。 「気にするな。今呼んで来る」 「朝まで平気だったんですが」  そう言い、下男は再び咳込んだ。  ジュスティーノはゆっくりと後退った。  介抱してもやらない自分が酷く冷酷な人間に思える。  罪悪感を覚えながら、厨房の出入り口の縦枠に手を掛けようとして動作を止める。  イザイアが、やたらとあちらこちらを触らない方がいいと言っていなかったか。  出入り口の縦枠をまじまじと見た。  ペストの腐臭が付いているということか。  下男の身体が、大きく動いた。  目を剥いて宙の一点を凝視し、無言で(もが)く。 「だ……大丈夫か」  下男は懸命に息を吸い込んでいた。  口をぱくぱくとさせ、硬直した手を前に出して床を爪で掻く。 「おい……お前!」  背中でも(さす)ってやれば、少しは楽になるだろうか。そう思ったが、近付くことは出来なかった。  こんな時にどうするべきか。  道徳として教えられたことを禁じなくてはならないということに、心理的な苦しさを感じた。  自身の身体に変調は無いはずなのに、下男と同じように息苦しい気がする。  酷い罪悪感に(さいな)まれながら、ジュスティーノは下男の(もが)く様子を凝視していた。 「待っていろ。医師を」  そう言いつつも、医師など呼んでも間に合わないだろうと直感する。  祈れば良いのだろうか。  十字を切りかけた。  めいっぱい見開かれた下男の茶色の瞳と目が合う。  助けを求められているのか。  駆け寄りたいという道徳心に、必死に逆らい続けた。 「すまん……」  そうジュスティーノは呟いた。  何もせず、下男の(もが)き苦しむ姿をじっと見続ける。  かなり長い時間だったが、ようやく下男は動かなくなった。  ジュスティーノは、その場に立ち尽くした。  物心ついた頃から信じていた道徳に逆らい続けたことで、自身の中の何かが壊れた気がした。  何故こんなことをしなければならないのか。  太陽が、更に西に傾いていた。  厨房の窓から見える敷地の一角に、西日が射している。  誰か助けてくれ。  そう思った。  だが、死体ばかりの屋敷内で、誰が助けてくれるのだ。  神も当然来てはくれなかった。  道徳心に逆らい、人が死ぬところを介抱もせず長々と見詰め続けた。  地獄に堕ちたかと錯覚するような状況に、何も来てはくれなかった。
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