3. ANGELO DI SODOMA

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3. ANGELO DI SODOMA

  1  独身の次男が使う屋敷としては、イザイアの屋敷は部屋数が多く広い気がした。  病気で滞在する者が出た場合を想定しているのだろうかと思った。  そうと考えると、本邸の方にいるであろう当主は、医師としての仕事に協力的なのではとも思うのだが。  食堂広間の長テーブルに着き、ジュスティーノは朝食の卵料理にフォークを刺した。  黄身がとろりと流れる。  乳白色の壁に金色の模様、暖炉の上には金製の装飾品がいくつも置かれ、天井から吊るされた大きな燭台にも同様に金の飾りがいくつも吊り上げられていた。  イザイアの言った通り、使用人は必要な時だけ本棟の方に来るらしかった。  食事を運び取り分けた後は、必要最低限の者だけを残して別棟に戻ってしまった。  暖炉前の上座で、イザイアは行儀の良い仕草で料理を口にしていた。  部屋着だがきちんとした服装で食事をしている様子を見ると、出逢った時のだらしない様子が嘘ではないかと思えてくる。 「昨日、思ったのだが」  ジュスティーノは言った。 「息抜きの遊びのことにまで口を出したのは余計だった」  そう言い、少々行儀悪く卵料理をフォークで(えぐ)った。 「どうした、若様」  口の端を僅かに上げイザイアは言った。 「ここは今日発つが、それだけを言っておこうと」 「もう発つのか。ゆっくりされて行ってもこちらは構わんが」  イザイアは葡萄酒を口にした。  飲酒も昼間からかとは思ったが、あの如何(いかが)わしい饗宴ほど珍しいことではないだろう。 「滞在している理由がない。運び込まれた使用人を宜しく頼む」 「お屋敷のあの様子だと、周辺の街でも感染者はかなりいる可能性がありますが」  落ち着いた口調でイザイアは言った。 「え……」 「そうでしょう。お屋敷の使用人達は、市場への買い出しは行かないのか。酒場は? 近隣に家族がいるのなら、毎日そこへ帰っている者もいるのでは」  イザイアは葡萄酒を口に流し込んだ。  上等なヴェネツィアングラスだと、何となくジュスティーノは思った。  ことりとグラスを置き、イザイアは言った。 「終息するまでここに居られては。若様」 「……うちの使用人が広めてしまったかもしれないのか?」 「そうとは限らない。逆に使用人の何人かが市場や酒場で感染した可能性もある」  卵料理をフォークで(すく)いながら、ジュスティーノは軽く眉を寄せた。 「始めに運ばれた者から広がったと貴殿が」 「マルセイユの者と接触したおそれがあるのは、何も若様たちだけではないだろう」  イザイアは言った。 「ある程度感染者がいたとしたら、感染のルートは一つではない。今、街の様子を見に行かせているが」  イザイアはゆっくりと頬杖を付いた。 「伝染病などそんなものだ。出来る限り彷徨(うろつ)かない方がいい」
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