1. MEDICO DELLA PESTE

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 一通り診察を終えると、イザイアは自身の手袋を嵌めた手を見た。  裏表にして暫く見たが、仕方ないという風に片方を外す。 「こればかりはどうしても」  ジュスティーノの額に手を当てると、高熱が出ていないか確認した。 「貴殿は私の襟締(クラバット)にも触れていたが、大丈夫か」  ジュスティーノは尋ねた。 「私がもし感染していたら、貴殿も危険なのでは」  イザイアは診察し終えると、助手の持ってきた酒瓶(カラッファ)を取り、手に酒を掛けた。 「どうぞ」  ジュスティーノに酒瓶(カラッファ)を差し出す。 「酒など飲んでいる気分では」 「消毒をしろという意味です」  ジュスティーノは起き上がると、両手を出した。  手を素通りして、イザイアは酒瓶(カラッファ)をジュスティーノの口に付けた。  酒瓶(カラッファ)をゆっくりと傾け酒を飲ませる。  随分と強い酒だ。蒸せそうになり、ジュスティーノは顔を(しか)めた。 「飲み込むな。身体が暖まれば感染する」  イザイアは言った。 「手に吹き付けて」  言われた通りジュスティーノは手に吹き付けた。 「わたしが部屋から部屋へとペストを運んでいる可能性もありますからな」  そう言うと、イザイアは酒瓶(カラッファ)を置いた。 「ペストというのは、腐臭から発生するのでは?」 「そう言われてますな」  イザイアが元通り手袋を着ける。 「違うのか?」 「医学書ではそうなっている」  イザイアは言った。 「医学書が間違っていると?」 「下手に体系が確立されているので理論を崩しにくいが、根本から間違っていれば全て崩れる」  話がよく飲み込めず、ジュスティーノは医師の仮面を見詰めた。  つまり、とイザイアは続ける。 「ペストが腐臭から発生するという説を元にした理論は、突っ込みどころもなく組み立てられているが、腐臭が関係ないとすると一気に全て否定される」  イザイアはそう言いテーブルに置いた杖を手に取った。 「腐臭が元ではないと?」 「厨房の食材が腐るなど日常的によくあることだろうに、ペストが毎回流行(はや)る訳ではない」  イザイアはそう言い、屈んで仮面の顔を近付けた。 「それは何故だ?」 「私に聞かれても」  ジュスティーノは眉を寄せた。 「そうだな」  イザイアは再びフードマントの肩の辺りを直した。 「とりあえず若様は、頭など使わずに療養していろ。無事に潜伏期間を生き延びたら、付き人達のものと合わせて診療費の請求書をお渡しする」 「ああ、それはもちろん」  ジュスティーノは言った。 「私に何かあっても、きちんとオルダーニ家に請求してくれ」  暖炉前のテーブルに置いた自身の持ち物をジュスティーノは目で探った。  駆け込んだその足で隔離されたので、たいした荷物はないが。 「紋章の付いたものと、一筆書いたものをお渡しする」 「死を覚悟しているのか。健気な若様だな」  杖で軽く自身の肩を叩き、イザイアが言う。 「こんな事態なら当然だろう」  ジュスティーノはそう答えた。
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