2. LABIRINTO

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2. LABIRINTO

  1  客室に閉じ込められて十五日が経った。  朝の診察を終えると、イザイアは軽く頷き助手に目配せをした。 「いいでしょう」  そうイザイアは言った。 「若様はここから出て結構。後で請求書をお渡しする」  杖でとんとんと自身の肩を叩く。 「そうか」  ジュスティーノはゆっくりと身を起こし、溜め息を吐いた。  潜伏期を無事に過ぎたら解放感でどれだけ嬉しいかと思っていたが、二週間は長かった。  隔離された状態に何となく慣れてしまっていた。  ここからまた日常に戻さなければならないことに、億劫ささえ感じる。 「付き人達のことは、引き続きお願いすることになるが」 「改めて」  イザイアはそう言った。  仮面(ペストマスク)(あご)の部分に親指を引っ掛け、上に上げた。  ここに駆け込んだ際に見た、彫刻のように整った素顔を晒す。 「イザイア・パガーニ。ピストイアのパガーニ家の次男だ。医学を学んだのは主にヴェネツィア」  イザイアはそう自己紹介した。 「ピストイアか。では帰る際には、パガーニ家の方々にもご挨拶を」 「それは不要だ」  イザイアは被っていたフードを外した。  出逢った時に見た腰までの長い灰髪は、後ろで結わえていた。 「どこの御家もそうでしょう。次男のしていることなど、関心はありませんよ」  イザイアの後ろにいた助手が、仮面とフードを取る。  飴色の髪の若い娘だった。 「……女性?」 「近くの娼館から手伝いを頼みましたが」  イザイアは言った。 「あれ以来、娼婦は呼んでいないと」  ジュスティーノは眉を寄せた。女性と目が合い、少々悪かったかと目を逸らす。 「手伝いに一人二人頼んだだけですよ」  イザイアは言った。 「(けが)れた女などに看護されたくはなかったですか?」 「いや……そういうことでは」  ジュスティーノは少々口籠った。  杖で体中を探られ、反応してしまっているのを見られていたのか。  表情も身体の反応も出来うる限り(こら)えていたが、娼婦なら気付いていたのでは。 「普通は弟子の少年などを使うものでは」 「以前、夜伽(よとぎ)をさせようとしたら逃げられましてな」  イザイアが淡々と答える。 「なぜそんなことを」 「古代の時代には、性交の手解(てほど)きも含めて年長の者が教えるのが、理想的な教育と言われていたのですが」  悪びれもせずイザイアは言った。 「今は古代ではない。少年愛などは法も神も禁じている」  ジュスティーノは眉を寄せた。  つい嫌悪感を表してしまった顔を、イザイアは口元に笑みを浮かべながら見ていた。 「承知した」  そうと素直に言って、仮面を助手の娼婦に手渡す。 「滞在していたお屋敷に戻られるのなら、御者に仕度をさせるが」 「ここは、使用人はちゃんといたのか」  ジュスティーノは何となく廊下の方を眺めた。 「始めに来たときに誰も出て来ないので、無人の屋敷かと思った」 「周辺を人に彷徨(うろつ)かれるのが嫌いなので、普段は別棟の方に待機させています」  イザイアは言った。 「そうなのか」  自身は使用人が身の回りで動いているなどあまり気にしたこともなかったが、いろいろだなとジュスティーノは思った。 「御者までお借りする気はない。馬を一頭貸してくだされば、一人で戻れる」 「では馬の用意を」  イザイアはそう言い、助手の娼婦を部屋の出入り口に促した。
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