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 「潤之助は何で成仏しなかったんだ」  待ち合わせの公園は、夕日が色を広げ始めていて、賑やかだった昼間に比べると人はまばらで寂しさを感じる。  昼間に出会ったベンチにもう一度並んで座り、前を見ながら話し出す。  「成仏?」  「ママの側からサヨナラすることだよ」  「ママが僕とサヨナラしたくないんだよ」  そりゃそうだ。  「でも、潤之助にも理由があるんだろ」  くせの無い艶々の髪の毛を揺らして、頷いた。  「ママのお中には赤ちゃんがいるんだ」  「えっ。お腹、おっきくなかったぞ」  「うん。ママもまだ知らないみたい。僕も気が付いたのは今の僕になってからだから。ママのお腹がぼんやり光るんだ。暖かい光がね、僕に手を振ってるみたいに光るんだ。でも最近、その光が段々弱くなってきて、『助けて』って言ってるみたいなんだよ。きっと、ママのお腹の中の赤ちゃんが僕に助けを求めているんだと思うんだ」  「それが、さよなら出来ない理由か?」  また頷く。  「きっと、赤ちゃんが消えちゃいそうなんだよ、僕みたいに」  「どうしてだろうな」  「多分、ママが眠らなくて、食べなくて、いつも泣いてるから。赤ちゃんの元気が無くなっちゃったんじゃないかな?」  「そうか。潤之助は赤ちゃんを守りたいんだな」  「うん。僕の家族だから」  私を見る目は、使命を持った男の目だった。  「そうだな。じゃあ、食べ物のお礼に、手伝ってやるよ」  潤之助の目に懐かしさを覚えて、少しだけ寂しくなった。  「本当?ありがとう、おねぇちゃん」  「おねぇちゃん、じゃない。ユウキだ」  「ユウキちゃん」  「ああ、よろしくな。潤之助」  私が手を差し出すと、小さい手で固い握手を交わした。  見える人が見れば、何てことない光景だろうが、見えない人が見れば、私一人、おかしな人間に見えるだろう。  それでも、私は見える人なのだ。  「ユウキちゃんって、可愛いお姉ちゃんなのに、話し方がおじいちゃんみたいだね」  純粋な目をした潤之助が私を見上げて、素直な言葉を口にする。  「潤之助には、私がいくつに見えているか分からないが、今、私は24歳だ」  「えっ?幼稚園の美央先生と同じなの?隣の家の中学生の亜依ちゃんと同じくらいだと思った」  5歳のガキまで私が中学生に見えるのか。  「そんな風に思われるから、話し方は年寄り臭いくらいで丁度いいんだよ」  「よく分かんないけど、そうなんだ。僕はユウキちゃん、好きだよ」  純粋な「好き」は、照れくさいけど、悪くない。  一瞬ニヤけかけた顔を、いつもの顔に戻すと、話題を変えるように、潤之助に仕事を与えた。  「これは潤之助にしか出来ない仕事だ。今から家に帰って、好きに遊んで来い。大好きなおもちゃに触れる方法教えてやるよ」  私は身振りを交えて教えてやった。  もう一つ、大切な仕事も。  上手くいけば、母親から依頼が来るだろう。そうなれば、身売りをしなくて済む。  後、2日ほどの辛抱だ。  そうなるように、更に手を回すとするか。  大きくため息をついて、「身売りをするよりはマシだ」と自分に言い聞かせて、声も聞きたくもない相手に電話を掛ける。  「もしもし、瀧ちゃん。連絡待ってたよ!」  コール音も早々に出る辺りが気持ち悪い。思わずスマホを耳から離す。  「もしもし。もしもーし。瀧ちゃん!」  うるさい。  「要件は一つ。加々美から花を送ってくれ、私の営業用の名刺を付けて。裏にこの番号を書いておくように。  大体の住所は後でメールする。詳しくはそっちの顧客名簿で調べろ。ここ三か月の間に男の子の七五三用の着物を一式仕立てて届けている。  花は五歳の男の子にお供えするものだ」  「分かった。明日届くように手配するよ。で、瀧ちゃんはいつこっちに来てくれるの?そろそろ懐が寂しくなってきたんじゃない?僕の準備は出来てるよ」  「うるさい。身体を売るのは死ぬ時だ」  「そんな事言わないで。大切にするからさぁ~」  電話越しでも伝わる、ヤツの気持ちの悪い薄ら笑い。私は一方的に通話を切ると、すぐに住所のメールを送った。  私が最後の手段として、身売りを考えた相手は、加々美コーポレーションの社長、加神京祐(かがみきょうすけ)、34歳。  ロリコン趣味のふざけた敏腕社長だ。  私の表の仕事も、裏の仕事も、加神の助けが必要なのだが。感謝の気持ちはあるものの、気持ち悪さが勝って、ぞんざいな扱いしかできない。  裏の仕事。いや、私の本業は、祓師(はらいし)。  成仏できずに、彷徨う霊を祓う。また、それらを寄せ付けやすい人や土地にお札を書いたり、結界を張ったりする商売。  祖母の後を継いで、全国へ修行の旅に出ている最中だ。  しかし収入は裏の本業よりも、表の副業の方が勝っている。  大学卒業後に祓師の修行をする事を決めた私に、京祐は特殊な営業職を持ち掛けてきた。それは京祐の指示があった土地へ出向き、加々美の着物を着て、展示会の案内を配ったり、お得意様にご挨拶に行ったりと、その都度指示のあった内容をこなす。その際、新しく着物の注文や相談を持ち掛けられたら、担当者に繋ぐ。顧客が繋がらればその分収入は増えるが、繋がらなければその分の収入は無い。  基本給+歩合制といった収入体制で、今のところ生活をするのがギリギリ程度しか収入が無い。全国を旅しながら修行をするのに、交通費と宿泊費が経費で落ちるので、こんなに美味しい仕事は無いのだけれど、雇い主が気持ち悪い。  臨時収入策として、加々美の作品を着た姿を撮らせればその分、ギャラが発生するのだが、カタログやポスター用でも、幼い容姿の私が着せられるのは、十三参りや小、中学生用の着物ばかり。  これは全て、ロリコン趣味の京祐の指示だ。  私が言う身売りとは、この事を言う。私の撮影の着物は全部京祐が着つけるので、それが私には気持ち悪くて仕方がない。  だから、それは本当に最後の手段なのだ。  潤之助の家には、弱霊ではあるが、闇に集まりだしていた。  霊が悪さをする前に、潤之助に遊ばせた方がいいだろう。
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