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 「このお札を玄関に貼っておいて下さい。そうすれば、すぐに怪奇は収まります。1週間後外してみて何も起きなければ、後は心配いらないでしょう。万が一、何かあれば私に連絡を下さい。すぐに参ります」  翌日、加々美の着物を着た私は、潤之助の母親を訪ねた。  そして、祖母の形見の筆で書いたお札を恭しく母親に渡す。  「ありがとうございます」  早速、玄関の扉の上にそのお札を張る。  少しの間、じっとお札を見つめる母親。  「潤之助が生まれ変わって来てくれるのね」  ぽつりと、独り言のように、お札を見上げたまま、まだ、何の膨らみも無い自分のお腹に手を当てて呟いた。  「いえ。潤之助は死にました。潤之助の魂はまだ輪廻の輪に入ることはできません。貴女のお腹で大きくなっていく赤ちゃんは、潤之助の生まれ変わりではありません」  ハッキリとした否定に、戸惑いを隠せない表情を私に向ける母親。しかし、私はまだ伝えることがある。  「お腹の赤ちゃんにいつか教えてあげて下さい。潤之助という兄がいたことを。元気で優しく、素直な男の子だったことを。この世には居なくても、家族の幸せを心から願っていることを」  母親の目は、私の姿を捉えてはいるが、見えているのは恐らく在りし日の潤之助だろう。あふれる涙は、母親の愛情がこぼれているようだ。  私は、公園のベンチに一人で居る潤之助を思い、目を伏せた。  「ありがとうございます」  母親は涙で震える声で、小さく礼を言うと、深々と頭を下げた。  「ご用命、ありがとうございました。  着物は加々美コーポレーションへ、見えないモノのご用命は瀧沢まで。  今後も、どうぞ、御贔屓にお願いいたします」  私も深々と頭を下げて、仕事を終える。  家を出ると、外はまだ穏やかな昼の陽気。  これが現実だ。  公園のベンチに寂しそうに座る潤之助の隣に座ると、泣き出した。  「もう、お家、入れないんだね」  お札は本物なので、悪霊ではないが、霊である潤之助も入れない。  「そう言っただろ」  「うん」  手で目をこすりながら、うんうんと何度もうなずく。  「闇に集まる霊から家族を守ったのは潤之助だ。それにこれはお前が選んだ結果だ。これからは、あの世で家族を見守れ」  いくら自分の子供の霊だとしも、見えない人には、見えないモノの存在は恐怖でしか無いのだ。その恐怖を与え続けるか、終わらせるのか潤之助に選ばせた。  「うん。分かった。でも、どうしてママに僕がいる事を言ってくれなかったの?」  「ちゃんと供養して送り出したのに、潤之助が成仏できてないのを知ったら、ママはまた自分を責めるだろう。だから、知らなくてもいいんだよ。その分、私が覚えておく」  大粒の涙を流して、私を見上げる瞳は、さっき見た母親とそっくりだ。  私も、10歳で両親を事故で亡くしている。潤之助はそれよりもまだ幼い。潤之助に近い歳の頃に、同じように両親を亡くした、弟の姿が重なった。同情なのか、共感なのか。私は思わず潤之助を抱きしめた。  今日、身につけている着物なら、汚れの無い潤之に触れる事が出来る。  特別な絹糸で作られたこの着物は、2年前に亡くなった祖母から受け継いだ、大切なもの。  人には低周波のような嫌な刺激を与え、霊には静電気のような弾く刺激を与える私の力は、祖母から受け継いだ着物を着る事により、力の暴走を止められる。  私が人らしく生きるために、この着物は必要不可欠なのだ。  潤之助の柔らかく、小さい体は、心の丈をさらけ出すように、私の腕の中で声を上げて泣いた。  潤之助が泣き止むまでそうしていると、腕の中のものが急に無くなった。  「ユウキちゃん。ありがとう」  はっきり見えていた潤之助が白く霞み、私の腕から抜け出ていた。  「僕、もう行くよ」  私は微かに見える目をみて頷いた。  潤之助は自ら成仏することを選んだ。この世に執着してしまう「心残り」を消したのだ。  自ら成仏できる霊のは、ホンのわずかしかいない。一点の汚れも無い、純粋な魂だけ。 潤之助の魂は、初めて出会った頃から、眩しいほどの清さが溢れていた。  そんな潤之助を私が祓ってしまっては、魂は消滅してしまい、輪廻の輪に入る事は出来ない。  「私が親につけてもらった名前は、ヒロキ。瀧沢裕姫(たきざわひろき)」  「裕姫ちゃん、ありがとう。バイバイ」  潤之助は、大きく手を振って、眩しい光を放ちながら、消えた。  私は眩しくて目を細めながらも、潤之助の姿をしっかりと見届けた。  私は祓屋。  不用意に本当の名前を霊に教える事は出来ない。  だから祓師の仕事をする時は、瀧沢家に受け継がれている「ユウキ」と言う名で仕事をする。  しかし、霊から依頼されるなんて、まだまだ未熟。  舐められたもんだ。  霊が怖くて近づけないような存在にならなくては。  弟がそろそろ20歳になる。  確か、ここよりもう少し西の街に居るはずだ。  私とは違う力を持つ弟にも、そろそろ修行する場が必要だろう。  ここは姉らしく、面倒を見てくれそうな人に頭を下げてやるとするか。  後、しっかり金を稼ぐ事も念を押しておかなければ。弟は見かけによらず、人がいいからすぐにただ働きをしてしまう。  祓師は仕事であってボランティアではないのだ。  しっかり稼ぐようになってもらわなければ、何時まで経っても貧乏暮らしから抜け出せない。      了
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