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4
「このお札を玄関に貼っておいて下さい。そうすれば、すぐに怪奇は収まります。1週間後外してみて何も起きなければ、後は心配いらないでしょう。万が一、何かあれば私に連絡を下さい。すぐに参ります」
翌日、加々美の着物を着た私は、潤之助の母親を訪ねた。
そして、祖母の形見の筆で書いたお札を恭しく母親に渡す。
「ありがとうございます」
早速、玄関の扉の上にそのお札を張る。
少しの間、じっとお札を見つめる母親。
「潤之助が生まれ変わって来てくれるのね」
ぽつりと、独り言のように、お札を見上げたまま、まだ、何の膨らみも無い自分のお腹に手を当てて呟いた。
「いえ。潤之助は死にました。潤之助の魂はまだ輪廻の輪に入ることはできません。貴女のお腹で大きくなっていく赤ちゃんは、潤之助の生まれ変わりではありません」
ハッキリとした否定に、戸惑いを隠せない表情を私に向ける母親。しかし、私はまだ伝えることがある。
「お腹の赤ちゃんにいつか教えてあげて下さい。潤之助という兄がいたことを。元気で優しく、素直な男の子だったことを。この世には居なくても、家族の幸せを心から願っていることを」
母親の目は、私の姿を捉えてはいるが、見えているのは恐らく在りし日の潤之助だろう。あふれる涙は、母親の愛情がこぼれているようだ。
私は、公園のベンチに一人で居る潤之助を思い、目を伏せた。
「ありがとうございます」
母親は涙で震える声で、小さく礼を言うと、深々と頭を下げた。
「ご用命、ありがとうございました。
着物は加々美コーポレーションへ、見えないモノのご用命は瀧沢まで。
今後も、どうぞ、御贔屓にお願いいたします」
私も深々と頭を下げて、仕事を終える。
家を出ると、外はまだ穏やかな昼の陽気。
これが現実だ。
公園のベンチに寂しそうに座る潤之助の隣に座ると、泣き出した。
「もう、お家、入れないんだね」
お札は本物なので、悪霊ではないが、霊である潤之助も入れない。
「そう言っただろ」
「うん」
手で目をこすりながら、うんうんと何度もうなずく。
「闇に集まる霊から家族を守ったのは潤之助だ。それにこれはお前が選んだ結果だ。これからは、あの世で家族を見守れ」
いくら自分の子供の霊だとしも、見えない人には、見えないモノの存在は恐怖でしか無いのだ。その恐怖を与え続けるか、終わらせるのか潤之助に選ばせた。
「うん。分かった。でも、どうしてママに僕がいる事を言ってくれなかったの?」
「ちゃんと供養して送り出したのに、潤之助が成仏できてないのを知ったら、ママはまた自分を責めるだろう。だから、知らなくてもいいんだよ。その分、私が覚えておく」
大粒の涙を流して、私を見上げる瞳は、さっき見た母親とそっくりだ。
私も、10歳で両親を事故で亡くしている。潤之助はそれよりもまだ幼い。潤之助に近い歳の頃に、同じように両親を亡くした、弟の姿が重なった。同情なのか、共感なのか。私は思わず潤之助を抱きしめた。
今日、身につけている着物なら、汚れの無い潤之に触れる事が出来る。
特別な絹糸で作られたこの着物は、2年前に亡くなった祖母から受け継いだ、大切なもの。
人には低周波のような嫌な刺激を与え、霊には静電気のような弾く刺激を与える私の力は、祖母から受け継いだ着物を着る事により、力の暴走を止められる。
私が人らしく生きるために、この着物は必要不可欠なのだ。
潤之助の柔らかく、小さい体は、心の丈をさらけ出すように、私の腕の中で声を上げて泣いた。
潤之助が泣き止むまでそうしていると、腕の中のものが急に無くなった。
「ユウキちゃん。ありがとう」
はっきり見えていた潤之助が白く霞み、私の腕から抜け出ていた。
「僕、もう行くよ」
私は微かに見える目をみて頷いた。
潤之助は自ら成仏することを選んだ。この世に執着してしまう「心残り」を消したのだ。
自ら成仏できる霊のは、ホンのわずかしかいない。一点の汚れも無い、純粋な魂だけ。
潤之助の魂は、初めて出会った頃から、眩しいほどの清さが溢れていた。
そんな潤之助を私が祓ってしまっては、魂は消滅してしまい、輪廻の輪に入る事は出来ない。
「私が親につけてもらった名前は、ヒロキ。瀧沢裕姫」
「裕姫ちゃん、ありがとう。バイバイ」
潤之助は、大きく手を振って、眩しい光を放ちながら、消えた。
私は眩しくて目を細めながらも、潤之助の姿をしっかりと見届けた。
私は祓屋。
不用意に本当の名前を霊に教える事は出来ない。
だから祓師の仕事をする時は、瀧沢家に受け継がれている「ユウキ」と言う名で仕事をする。
しかし、霊から依頼されるなんて、まだまだ未熟。
舐められたもんだ。
霊が怖くて近づけないような存在にならなくては。
弟がそろそろ20歳になる。
確か、ここよりもう少し西の街に居るはずだ。
私とは違う力を持つ弟にも、そろそろ修行する場が必要だろう。
ここは姉らしく、面倒を見てくれそうな人に頭を下げてやるとするか。
後、しっかり金を稼ぐ事も念を押しておかなければ。弟は見かけによらず、人がいいからすぐにただ働きをしてしまう。
祓師は仕事であってボランティアではないのだ。
しっかり稼ぐようになってもらわなければ、何時まで経っても貧乏暮らしから抜け出せない。
了
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