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ようやく、三日目の午前中に目的地には辿り着いたのだった。この近くに地元の研究者達が各所に定点カメラを設置している。
撮影拠点となる、適当な場所を決めたメンバー一同は早速、ガイド達の案内のもと定点カメラの回収することとなった。
だが、日本人撮影隊一同、体力的にはもとより精神的にかなり疲弊してしまっていた。
この道中、不可解な出来事が次々と起こりそれに伴ってメンバー内の軋轢が表面化した。ガイドや通訳への不信感も募る一方であった。
しかしながら、日本人メンバーの誰もが初めて訪れた、地元の人間も一部の野生生物の研究者以外殆ど分け入った事もない、未開のジャングル。
彼ら、ガイド達の経験と知識に頼らざるを得ないのもまた事実であった。
そんな葛藤に苛まれながらも、ガイド達を先頭に道無き道を進む飯田をはじめとした日本人撮影隊の面々。
その表情には、これから念願の貴重な撮影を始められるといった、ポジティブな感情は一切見出せなかった。
暫く歩いた時、鶴見が直ぐ目の前を歩く松岡に声を掛けた。
「そういえば、空港でお前が俺に言おうとした、この国立公園の妙な噂って何だったんだよ?」
「ああ、あれか……。まあ、ホント噂のレベルってことで聞いて欲しいんだけどよ。“蟻地獄”って知ってるか?」
松岡の予想外の質問に拍子抜けした鶴見は、馬鹿にするなといった表情を浮かべながら。
「当たり前だろ。知ってるに決まってんだろ。確か……、アレはウスバカゲロウの幼虫だった筈だ。そうだろ?」
「ああ、悪い、悪い。別に馬鹿にするつもりで聞いたんじゃないんだ。
お前の言う通り、ウスバカゲロウの幼虫が蟻地獄の作り手の正体だ。
だが、もし、もしもだぞ。その蟻地獄が途轍もなく巨大だったらどうだ?」
松岡の突拍子も無い返答に困惑した鶴見は、少し薄ら笑いを浮かべながら言った。
「ははははっ、何を言い出すかと思えば、そんなもんあるわけないだろ?
考えるだけ時間の無駄ってもんだ。」
だが、松岡の表情は真剣そのものだった。
「俺も初めてその事を聞いた時は、お前と同じリアクションをしたよ。
でも、ある事件の存在を聞いてからは笑い飛ばせなくなっちまったんだ。
聞いた時は半端なく背筋がゾッとしたよ。」
いつにもない松岡の真剣な眼差しに違和感を覚えた鶴見は、真剣な表情に戻ると他のメンバーには聞こえないように小声で話し掛けた。
「で、いったいその事件って何なんだよ? 誰かがその巨大な蟻地獄に捕まったりしたのかよ?」
「ああ、そうだ。実際の蟻地獄も捕らえられたら最後、脱出不可能だが……、その巨大蟻地獄も同じだ。捕まったら最後、生きて帰れる可能性はゼロだ。骨と皮になるまで、ソ・イ・ツ に体液を吸い尽くされちまう。」
松岡の言葉には、冗談めいた要素など微塵もなかった。
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