第三章 Shudder

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飯田を始め日本人メンバー全員が、短い悲鳴をあげ思わず一歩後ずさった。 「な、何だってぇ!!お、おまえがその未開の部族なのか………。ま、まさか俺たち全員を奴らに売り渡すつもりじゃぁないだろうな!?」 飯田は必死の形相で、通訳に詰め寄った。 「大丈夫です。安心して下さい。私があの部族を離れたのはもう十年以上も前の話です。彼らの中の若い世代は私の事など知らない者もいます。 私自身、あの部族の古来からの風習に疑問を感じ、また外の文明社会への憧れもあって、酋長に何度もお願いをしてようやく許しを得ることができたのです。」 「そ、それじゃあ、今は全くその部族とは交流はないんだな?」 まだ疑心暗鬼の飯田が、その疑り深い目つきで聞き返した。 「ええ、信じて下さい。もう僕はあなた達と同じ文明人です。人の首を狩ってその生皮を剥がすなんて野蛮な行為に手を染めるつもりは毛頭ありません。あんな風習は時代遅れの産物です。 ただし、今回は私が彼らと交渉します。その為にも彼らの土地までの案内は私がした方が良いでしょう。あのガイド達はおおよその場所は知っていても、正確な場所は知リません。 その前に、彼らに引き渡す「生贄」を用意しなくてはなりません。」 再び、全員の顔が恐怖で引き攣ったのだ。 「お、おい、ま、まさか……、この中から誰か犠牲になって生贄にされるんじゃあないだろうな!?」 飯田の顔も口調とは裏腹に、引き攣ったままであり顔面蒼白であった。 そんな、恐怖で震える日本人メンバーを一望しながら通訳が口を開いた。 「そんなに怖がらなくても大丈夫です。誰も人でなくてはいけないとは言ってません。この地域に生息している動物でいいのです。 彼らが特に生贄として好む動物が何種類かいます。その動物を捕らえて、彼らに差し出せばいいのです。」 通訳の言葉にようやく、メンバー全員の顔に安堵の色が浮かんだ。 「と、とりあえず、この定点カメラを元の場所に設置しに行かなきゃな。 ところで、こういうカメラみたいないわゆる文明の利器なるものを、その部族が暮らす土地に設置する事は許してもらえるのか?」 飯田の問いに、通訳はゆっくりと首を縦に振った。 「はい、大丈夫だと思います。私がその事についても彼らに話してみます。昔に比べると、徐々にではありますが彼らの世界にも文明が浸透していっているのも事実です。」 「そ、そうか。それは有り難い。それじゃあ、半分の六つは元の場所に設置し直して、残り六つは明日、彼らの土地に踏み込んでから設置できそうなポイントを探すことにしよう。」 雨降って地固まるとは、まさにこの事で、この後は特に言い争いも起きず無難に作業をこなしていった。 まだ、幾分かぎくしゃくした雰囲気は残ってはいたが…………………。 無事、六つの定点カメラを設置し終えた撮影隊一同は、明日その未開の部族の神聖なる土地に侵入するとあって緊張感を拭えない感はあったが、用意周到に準備に勤しんだ。 「明日、出発前にその生贄となって貰う動物を捕獲することとしましょう。 その点については私とガイド二人で確実に仕留めますので安心して下さい。皆さんに手伝って貰う必要はありません。」 この通訳の言葉を最後に、それぞれのテントへと引き上げたのだった。 再び、夜の帳が降りる頃ーーーーーー。 あの不審な人物が通訳とガイドが寝泊まりしているテントの前に静かに立っていた。 テント越しに交わされる会話。二言三言交わされると、当たり前のようにその人物はテント内に招き入れられたのだった。 ここ熱帯雨林では、夜間も完全に静寂が支配することなどあり得ない。 昼間ほどでは無いにしろ、様々な声質を持った野生動物達の鳴き声が、テント内の各自の思惑が交錯する人間模様とは一線を介するように、鳴り響いていた。
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