第三章 Shudder

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早朝、日本人メンバーがテント内から起き出した時には、既にガイド二人が この地域では普通に生息している小型のシカ、「マメジカ」の一種を自慢げにその後脚を持って、立ちはだかっていた。 「皆さん、お早うございます。昨日、お話ししたように大事な「生贄」はもう捕獲しました。この一匹の生贄さえ持っていけば、我々の進入は滞りなく実現します。何も心配することはありません。では、皆さんの準備が完了次第、出発しましょう。」 通訳の今までに見せたことのないような、どこか作られたような笑顔を前に、日本人メンバー一同、説明のつかない何か不穏な空気を感じ取っていた。 「お、おい、何だよ、あの態度。昨日までと全然違うじゃねえか。気持ち悪いな。何か企んでるんじゃないのか?』 飯田がすぐ横に立っていた崎川に懐疑的な目をガイドたちに向けながら、囁いた。 「た、確かに……。気持ち悪いくらい、態度が急変しましたね。それとも、単純に昨日の事を反省して、改心したのかも……。」 その会話が耳に入った丸山が口を挟んだ。 「んん〜〜、改心したねぇ〜〜。何とも言えませんが、とりあえず、昨日の通訳の言葉はとても説得力がありました。作り話とも思えない。彼に賭けてみてもいいでしょう。 実は、彼が語った未開の部族の存在……。私もかつて、ここスマトラ島出身者から聞いたことがあるんです。もう、十年以上前にはなりますが………。」 丸山の突然の告白に、飯田と崎川が目を見張った。 「まあ、その話はまた後で。あまり彼らを待たせるのも、得策ではないでしょう。さっさと準備に取り掛かりましょう。 この会話の蚊帳の外にいた鶴見と松岡にも声を掛け、急ぎ足で準備に取り掛かったのだ。 一時間後ーーーーーーーー。 「ここです。ここからが、彼ら『マドゥラ族』のテリトリーです。おおよそですが、約20㎢ほどの広さがあります。私も、ここまで来たのはこの部族を離れた16才の時以来です。申し訳ないですが、皆さんはここで待っていて下さい。一応、念の為にガイドの一人を置いていきます。絶対に私が戻って来るまでは、ここから先へは入らないで下さい。 これは必ず守って下さい。守らない場合は、残念ながら命の保証は出来ません。」 通訳は、打って変わって険しい表情になると「マドゥラ族」の土地に背を向ける形で我々に厳しい言葉を投げ掛けた。 日本人メンバー全員がただただ頷くばかりであった。 そして、その言葉が言い終わるや否や、あの生贄のマメジカを抱えたガイドを連れ立って深い藪の中にその姿を消した。 飯田を始め、日本人メンバー全員がその鬱蒼とした密林を只々呆然と見つめ続けるしかなかった。 時計の針はまだ午前9時を少し回ったところであった。
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