六、作戦遂行

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     2  清貴が警官に連行されたという報告を受けた菊川史郎は、肩を震わせて笑っていた。  ここは、南京東路にあるマンションの一室だ。  史郎は口角を上げながらソファーにどっかりと座り、グラスに赤ワインを注ぐ。 「さようなら、家頭清貴君。もう、これで君は罪人だ。すべてを失ったね」  乾杯、とグラスを掲げる。  史郎の視線の先には、今回入手した作品――蘆屋大成の絵画があった。  その絵に描かれているのは、、古の豫園だった。  丸い月の下、美しき江南庭園と豫園商城が幻想的に浮かび上がっている。  テラスに月を眺める女性のシルエット。  絵の端には、漢詩が書かれている。  葡萄美酒夜光杯  欲飲琵琶馬上催  酔臥沙場君莫笑  古来征戦幾人回  葡萄の美酒、夜光の杯。  飲まんと欲すれば、琵琶馬上に催す。  酔うて沙場に臥すとも、君、笑うこと莫かれ。  古来征戦幾人か回る 『涼州詞』と呼ばれる王翰の詩だ。  ――葡萄の美酒を、月明りの盃に注ぐ。  飲もうとすると、琵琶の音が馬の上で鳴り響いた。  酔い潰れて砂漠に倒れてしまう姿を見ても、君は笑ってはいけない。  古来より戦地に赴いた兵士のうち、どれだけの人が帰ってきたと思う――?  役人だった王翰が、涼州に駐屯した兵士たちが酒を愉しむ姿を詠んだもの。 『これから、戦地に行く人たちだ。美味い葡萄酒に酔いしれて、多少はしゃいでしまっても、目を瞑ってやってほしい』  という、戦地に出向く兵士を労う、優しくも切ない詩だ。
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