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清貴が警官に連行されたという報告を受けた菊川史郎は、肩を震わせて笑っていた。
ここは、南京東路にあるマンションの一室だ。
史郎は口角を上げながらソファーにどっかりと座り、グラスに赤ワインを注ぐ。
「さようなら、家頭清貴君。もう、これで君は罪人だ。すべてを失ったね」
乾杯、とグラスを掲げる。
史郎の視線の先には、今回入手した作品――蘆屋大成の絵画があった。
その絵に描かれているのは、、古の豫園だった。
丸い月の下、美しき江南庭園と豫園商城が幻想的に浮かび上がっている。
テラスに月を眺める女性のシルエット。
絵の端には、漢詩が書かれている。
葡萄美酒夜光杯
欲飲琵琶馬上催
酔臥沙場君莫笑
古来征戦幾人回
葡萄の美酒、夜光の杯。
飲まんと欲すれば、琵琶馬上に催す。
酔うて沙場に臥すとも、君、笑うこと莫かれ。
古来征戦幾人か回る
『涼州詞』と呼ばれる王翰の詩だ。
――葡萄の美酒を、月明りの盃に注ぐ。
飲もうとすると、琵琶の音が馬の上で鳴り響いた。
酔い潰れて砂漠に倒れてしまう姿を見ても、君は笑ってはいけない。
古来より戦地に赴いた兵士のうち、どれだけの人が帰ってきたと思う――?
役人だった王翰が、涼州に駐屯した兵士たちが酒を愉しむ姿を詠んだもの。
『これから、戦地に行く人たちだ。美味い葡萄酒に酔いしれて、多少はしゃいでしまっても、目を瞑ってやってほしい』
という、戦地に出向く兵士を労う、優しくも切ない詩だ。
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