七、出発の夜

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「どうやら、あなたは本当に、父親が『蘆屋大成』と名乗っていたことを知らなかったんですね? それなのに、その名を聞いて、『ふざけた名前』と言ったのは、なぜですか?」  そういえば、円生は『蘆屋大成』の話題になったとき、『ふざけた名前』と言っていたのだ。  円生は体を小刻みに震わせながら、ギュッと拳を握り締めた。 「……親父の口癖やったんや」 「口癖?」 「せやねん。『いつか大成して芦屋に豪邸を建てるんや』て。せやから『蘆屋大成』て名前を聞いた時、『そないなふざけた名前の画家がおるんかいな』って、ほんまに思て」  円生はそこまで言って、口に手を当てた。  そういうことでしたか、と清貴は相槌をうつ。 「最初に、曼荼羅の絵を観た時は、何かが引っかかったくらいでしたが、この長安の絵を一目見て分かりました。これはあなたの作品だと――」  清貴が監視とカメラの映像を確認したとき、激しく動揺していたのは、このことが分かったからだったのだ。
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