七、出発の夜

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 人は、自分のこととなると分からなくなるものだ。  こんな素晴らしい才能を持ちながら、それには目もくれず、鑑定士になりたいと円生はもがき苦しんでいた。  当たり前のように持っているものだからこそ、その価値が自分では気付かないのかもしれない。  今、円生は自分が持つものの価値に気付いたことだろう。  だが、画家は才能があっても報われないことの方がいい。  清貴が、円生に絵を描かせたのには、さらにもう一つ理由があるのだろう。  ジウ氏が愛してやまない『蘆屋大成』が今も実在していることを、最も効果的に美術界に広めることができたのだ。  鑑定士を諦めた円生に、『あなたには他の道がある』と告げた清貴の言葉は、まさにこれだったのだろう。  清貴からの餞別だったのかもしれない。
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