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小松は、それにしても、と頬を引きつらせた。
「円生が父親のペンネームを知らなかったとはなぁ。そんなことありえるのか?」
「……ペンネームて。絵画は雅号ていうもんや。親父の名前は菅原一成ていうんやれど、普通そのままの名前でやってるて思うやろ。金が振り込まれる口座かて本名のままやし」
「どうして、親父さんは、お前に雅号を伝えなかったんだろうな?」
「多分、親父も『蘆屋大成』なんて雅号にしたのを俺に言うのが恥ずかしかったんちゃう? ちっとも大成しとらへんかったし」
円生は素っ気なく言って、ワインを口に運んだ。
そんな話をしていると、
「おめでとうやな、円生」
背後で柳原の声がして、円生は弾かれたように振り返った。
「先生……」
「ようやく決意してくれて、ワシも嬉しい。お前が空いている時間に絵を描いているのを見るたびに、ワシは早くそっちの道に進めばええのに、て思うてた。そやけどお前は、『画家は実力も何も関係ない、わけの分からない世界やから無理です』て頑なに言い張って……」
その言葉は、小松も耳にしたことがあった。
父が散々苦労しているのを見てきたため、自分がどんなに絵を描けても画家は無理だと刷り込みように思ってきたのだろう。
すみません、と円生は頭を下げる。
謝ることやない、と柳原は笑って、絵に目を向ける。
「ほんまに、素晴らしい作品やな」
円生は気恥ずかしそうに、ありがとうございます、と小声で答える。
「これからは、蘆屋大成としてがんばるんやろ?」
そう問うた柳原に、円生は、いえ、と首を振った。
「……たしかに今回のことで、これから絵を描いていこうて思いましたけど、『蘆屋大成』の名前は使うつもりはありまへん」
へっ、と小松はぽかんとして、「どうしてだ?」と思わず前のめりになった。
「その名前は、親父のもんや。これから絵を描くんやったら、俺の名前で俺の作品を描きたい」
「それじゃあ、本名――菅原真也の名前で活動するってことか?」
円生はそっと首を振り、窓の外に目を向ける。
「……俺にはえらい住職はんがわざわざつけてくれた、ええ名前があるさかい。これでも、結構、気に入ってるんや」
彼は一度出家した際、住職から『円生』という名を授かった。
その時にこう言われたそうだ。
〝円生。これからは、まぁるく、生きるんやで――〟と。
ドンッ、と打ち上がった花火は、真円を描いていた。
「気持ちは分かるけど、せっかく、『蘆屋大成』の名前が知られたっていうのに……」
清貴が今後の円生を思ってお膳立てしたことを知っていた小松は、もったいない、と肩を下げる。
「あなたが作品を描き続ける以上、どんな名で描いていようと、すぐにその名は知れることになるでしょう。一度あなたの絵に心を奪われた者は、なんとしてもあなたの作品を探し出そうとすると思います」
清貴は、にこりと笑う。
実際、ジウ氏は、蘆屋大成(円生)の作品を必死で探していたのだ。
「そうやな」と、柳原も頷いている。
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