番外編 〜if〜

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『葵さん……』 ホームズさんが優しく囁く。 「……はい」 『こうして顔を見て、話せるだけ幸せだとは思うんですが、やはり会いたいですね』 はい、と私は頷く。 『あなたに触れたいです』 熱っぽく言われて、私は恥ずかしさに目を伏せる。 「あと、半月ですね」 ゴールデンウィーク明けに、緊急事態宣言が解除となり、学校などが再開される見通しだ。 私はその日、ホームズさんの家に行く予定でいる。 本当は二人で町中をデートしたいけれど、まだ出歩くのは躊躇われるため、お互いしっかりと除菌して、部屋で会えたらと思っていた。 『…………』 黙り込んだホームズさんに、私は戸惑いを覚えて顔を上げる。 彼は少し険しい表情をしていた。 「どうしました?」 『あ、いえ、言いたい言葉を飲み込んでいたところで』 「言いたい言葉?」 『……はい。一瞬迷いましたが、この時世です。言いたいことは、無茶でも伝えるだけ伝えたいと思います』 「なんですか?」 『僕の願望です。聞き流してください』 そう言うホームズさんの目が真剣で、私はたじろぎながら相槌をうった。 『緊急事態宣言が明けたら、すぐにでも結婚したいです。 こんな時代ですから、式は近々にはできないでしょう。式は世の中が落ち着いてからすることにして、とりあえず籍を入れて、一緒に暮らしたいです。 あなたと本当の家族になりたい』 ホームズさんは私の目を見詰めたまま、ハッキリと言い切り、ふっ、と頬を緩ませた。 いつもなら、ここで『冗談ですよ』と続けそうなものだ。 『願望ですが、本気で思ってます。会えない、会ってはいけない日々がこんなにつらいものとは思いませんでした。 世の中がどんなに変わっても、僕はあなたが側にいてくれるなら、最高に幸せなんです』 強い口調でそう続けたホームズさんに、私の心臓が強く音を立てた。
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