第二章 実戦

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決して目を離すなと言われていたせいか、パクの目はいち早く異変の兆候を捉えている。 強化ガラス製の風防(      ウィンドシールド)に顔を近づけると、十字の影が形を変えていくのがはっきりと見えた。 左右の翼が尾の方へ向けて、付け根から折れたように曲がる。 飛竜の形は的当ての投げ矢(ダーツ)のようになった。 ゆらり、と影が傾げた瞬間、パクの胸を恐怖が締めつける。 飛竜の爪が彼の胴体を鷲づかみにする映像が、脳裏に浮かんだ。 黒いシミのようだった敵影が、たちまちのうちに大きくなる。 上空18000フィート(約6000m)からの急降下(ダイブ)であった。 パクは知らず識らずのうちに声を上げ、機を操作していた。 何と叫んだか、自分でも分からない。 ただがむしゃらに手足を動かして、緊急回避操作を行ったことだけは覚えている。 飛竜は鉤爪のついた両足を猛禽(もうきん)のように広げ、訓練機を捕らえようとした姿勢のまま通過する。 全長が訓練機の倍ほど、白っぽい灰色の竜毛がほぼ全身を覆っているように見えた。 一瞬、目が合ったように思う。 通過後、気流が乱れ、金属製モノコックの機体が軋むほどの衝撃があった。 パクはパニックに陥りかけていたのかもしれない。 「ヤワタ少尉、報告!」 ムツクラ教官の声がパクを正気に戻した。 「飛竜が、ダイブしました。急降下爆撃よりも深く、ほぼ垂直に落ちました」 「先ほどの揺れは、飛竜のものか」 「翼をたたんで、ハヤブサのように襲いかかってきました」 飛竜は5000フィートほど下、地表に近いところで懸命に羽ばたいている。 あれほどの急降下を行っても、地面に激突していない。 それどころか、再び上昇して来ようとしているのだ。 「よく回避した、ヤワタ。すぐに上昇しろ」 「上昇、ですか。距離をとるのではなく?」 ムツクラ中尉の声が、裏返る。 「上昇だ、上昇。280ノットに加速後、インメルマンターン。その後は旋回上昇で10000まで上がれ。復唱!」 「了解、280ノットでインメルマンターン。10000フィートへ上昇」 「無線は途中だ。3分()たせろ。飛竜から目を離すな」 教官は返事も待たずに、ヘッドセットをプラグから抜いた。
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