第二章 実戦

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指示を復唱したパクは気が重くなった。 インメルマンターンは単純な空中操作(マニューバー)だが、苦手科目のひとつである。 ひとことで言えば縦方向のUターンだ。 水平飛行から上空へ宙返り(ループ )を打って、開始点の真上で機体を捻って水平飛行に戻す。 速度は落ちるが、高度をかなり稼いで機首を180度変えられるのが利点だ。 ただし速度が遅ければ失速するし、ループの頂点で背面飛行から機体を戻す時にマイナス方向へのGが生じやすい。 マイナスGとは、遊園地の遊具などで落下の開始時に味わう、体が浮くような感じのことである。 噂によるとムツクラ教官は、「僅かなマイナスGでも頭に血が上り、その後の訓練が大変なことになる」と評判だ。 パクは飛竜が羽ばたくのを見ながら、急いでメモ帳をめくった。 インメルマンターンの要領を書いた頁を探しだすと、計器版の空きにあるクリップに挟み込む。 幸いにも、飛竜は上昇気流をつかんで高度を稼ぐタイプのようで、力強い羽ばたきによる急上昇はしてこなかった。 時間と気持ちに余裕が生じると、パクはメモにさっと目を通す。 そこにはコウに教わった要領が書き足されていた。 「インメルマンターン、開始」 280ノットに加速すると、エンジン出力を最大にして操縦桿を体に引き寄せる。 90度を過ぎると機体は背面飛行の状態に入っていく。 パクは飛竜の姿を捉えつつも、操作を誤ることはなかった。 ほとんどマイナスGを発生させることなく、インメルマンターンを完了する。 あとは旋回しながら上昇してくる敵を監視しつつ、半径5海里(マイル)の円を作って上昇していく。 ほどなく10000フィートに到達した。 飛竜はおそらく高度6000フィート、かなり遅い速度で飛んでいる。 あと2分足らずで彼らと同じ高度に達すると思われた。 「待たせたな、ヤワタ少尉」 ムツクラの声がヘッドセットから聞こえた。 おそらく不意を突かれたからだろう、あやうく涙をこぼすところだった。
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