第三章 帰投

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敵の新戦力登場によって、戦局はひっくり返った。 7匹は飛行能力が高く、王牙はただ大きくて重いだけのロケット弾になってしまった。 「厭戦(えんせん)気分が蔓延(まんえん)していたころだ。軍は大いに焦った。国民や議会に向けて、『勝利は目前』と報道したばかりだった」 空軍は極秘裏に新兵器の開発を進め、ついに禁断の兵器を手に入れた。 「8メートル超の王牙を改造して、人が乗れるようにしたのだよ」 運用は従来と同じで、逆鱗から発射される。 ただし人が操縦するので、飛竜に避けられても追尾することが可能だった。 「配備された12本の特別攻撃型・王牙を見て、ムツクラは呆然と立ち尽くしていたよ。知らされていなかったからな」 「待ってください、所長」 パクがたまらず、声を上げた。 「王牙の有人機は終戦後に開発、実用化されたはずです」 コウが靴の側面で、パクの足を蹴ってきた。 余計なことを言うな、と忠告してくれたのだ。 所長は煙草に火をつけた。 「実際に存在したのだ。戦局を打開するための有人ロケット弾、特攻型王牙が。かつて我が軍は、人命を浪費する兵器を使用した」 有人ロケット弾には衝撃吸収装置(ショックアブソーバ)も、緊急脱出(ベイルアウト)装置すらも装備されていなかった。 現在の王牙とは全く違う。 「当たれば飛竜も搭乗者も、死ぬ。そういう兵器だった」 軍は志願者を募った。 選ばれた搭乗員は皆、逆鱗の操縦にムツクラ少尉を指名したそうだ。 「彼ならば確実に当ててくれるからな。犬死にしなくて済む」 所長は深々と息を吸い込んだ。 「ムツクラの『王牙の舞』は、王牙の軸をずらさずに回避運動を行う技だ。Gの発生を軽減することで負担が減り、搭乗者は王牙を当てやすくなる。仲間の犠牲を無駄にしないために編み出された技だ」 ため息とともに、口から煙が滝のごとく流れる。 「5人が命を落とし、5匹の手強い飛竜が落ちた。最後はムツクラも王牙に乗ったが、装置の故障で発射されなかった」 煙草を缶に投げ入れると、所長は背を向けた。 「優しい男だったからな。自分が生き延びたことが、なにより辛かったのだろう。教官として厳し過ぎる指導や評価は、彼自身の後悔からきているのかもしれない」 沈黙が続いた。 パクが口を開けようとすると、夕食の喇叭(らっぱ)が響く。 所長はそれ以上手紙については語らず、彼らに退室を促した。
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