第一章 遭遇

3/6
前へ
/25ページ
次へ
パクは懸命に、記憶を呼び起こした。 「標準旋回というのは、均一の旋回率を維持しながら1分間に180度、進路を変える旋回で……」 「定義を聞いてるんじゃねえ。旋回も満足に出来ないひよっこが、教官にものを教える気か」 仲間に忠告されたにも関わらず、パクはまた、余計なひとことを口にしたらしい。 罰として、不当な罵りを受けることとなった。 「まず旋回そのものが出来ていない。横滑り(スリップ)している。分からんのか、ヤワタ。垂直尾翼は何のためについてんだ? 機体を安定させるために取り付けられているんだろうが」 教官の言葉を聞きつつも、パクの目は風防越しの景色と計器の間を何度も往復する。 高度や速度にずれが生じる度に、修正を加える必要があるからだ。 たとえ教官が長々と説教をはじめたからといって、その間に高度の逸脱があったり、旋回終了のタイミングを間違えたりすることは許されない。 「方向舵(ラダー)を踏みだすタイミングは、まあまあだ。なのにおっかなびっくり踏んでいるから、量が足りてねえ。プロペラ効果について考えてんのか? トルクは? 滑り計を見てみろ、どうなってる」 滑り計とは、飛行機の横方向にかかるG(重力加速度)を視覚的に確認するための計器だ。 液体の封入されたガラス管に入れた金属球が真ん中にあれば、横方向にGはかかっていないことになる。 左右どちらかにずれていれば、その方向に横向きのGが発生している、つまり「滑っている」ということだ。 「右に、わずかにずれています」 「わずかにじゃねえ。右にぶっ飛んでいるだろう。足りてないんだよ」 初回の訓練で分かったことだが、ムツクラは三つある舵の調和が取れていることに強いこだわりを持っていた。 とくに旋回の開始時と終了時、切り返しの時にうるさい。 コウが昨晩、忠告してくれたとおりだった。
/25ページ

最初のコメントを投稿しよう!

19人が本棚に入れています
本棚に追加