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パクは事前に何度もイメージトレーニングを実施し、毎度の訓練に臨んでいる。
準備万端、抜かりなくしているのに、それでも上手くいかない理由は明白だった。
彼がアユミのような天才的飛行センスを持ち合わせていないからだ。
せめてコウのように器用ならば才能の不足を補えるのだが、「器用さ」というのも天性の才能のひとつである。
どれほど努力しても、後から身に付くものではない。
ヘッドセットを通して聞こえる、教官の声はヒステリックに高くなっていた。
「右の方向舵を踏み込め。すぐに修正しろ」
ムツクラの仕掛けた罠だ。
パクはその手には乗らなかった。
「進路360度、標準旋回を終了します」
ジャイロ式の方位指示器は積まれていないため、磁気コンパスを見て、あてをつける。
眼下に広がるとうもろこし畑のあぜ道が南北に伸びているので、それを旋回終了の目安にして翼の傾きを徐々に減らしていく。
水平姿勢になったとき、北へ向かう道は、機体の下から真っ直ぐ地平線を目指して伸びている。
高度の誤差は+10フィート、速度は250ノットを維持していた。
「つまらねえ。はい、科目終了」
パクは自分の耳を疑った。
教官の低い声が発したのは、今まで聞いた中で最高のほめ言葉だったからだ。
「科目終了だ。復唱はどうした」
声が高くなっている。
パクは、「科目終了」と、声を張り上げた。
「次の科目は、右720度から左720度の連続した急旋回です。よろしくお願いします」
「よし。俺が操縦する」
「操縦、渡します」
操縦桿から手を離し、「ほっ」と息をつく。
プロペラが風を切る音が強くなったかと思うと、機体が右に傾き始めた。
訓練空域から出てしまわないように、教官のムツクラが開始位置を調整しているのだ。
今のうちに、とパクはメモを取り始めた。
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