第二章 実戦

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上空を旋回する飛竜は長距離を飛ぶのに適している海鳥に似た形状の翼を持っている。 飛行機に例えるのなら、滑空機や爆撃機に装備される直線先細(テーパー)翼だ。 その証拠に先ほどより羽ばたくことなく、上昇気流を利用して滑空を続けている。 一方、訓練機は前回の竜大戦後半の主力となった「不知火(しらぬい)」型の戦闘機から武装を取り外したものである。 楕円(だえん)翼を持つ不知火は運動性能が高く、空中戦闘に優れた機体であった。 いささか乱暴な例え方をすれば、上空の飛龍はオオミズナギドリ、訓練機はハヤブサだ。 たとえ襲われたとしても、逃げ切るチャンスはある。 ただパクの推論は、あくまで知識から導き出された机上の論理だ。 飛竜との実戦経験を持つ、ムツクラの意見は違うかもしれない。 「高度5500、磁針路70度、速度250海里毎時( ノット )を維持。操縦を担当しろ(You have control)」 「了解、5500、070、250ノット、操縦を実施します( I have control  )」 反射的に応答したものの、操縦桿に1000馬力のエンジンが生み出すトルクがかかり、方向舵にプロペラ効果の影響を感じると、急な焦りが生じてきた。 「いいか、速度を維持したまま左右の旋回を続けろ。前方下に見える、赤い屋根のサイロを目安にして、決して訓練空域を出るなよ」 「教官が操縦されるとばかり……」 パクが言い淀むと、ムツクラは早口でまくし立てた。 「無線連絡だ。馬鹿な連中が、『機体を軽くする』と言って無線を取り外したお陰で、教官用パラシュートにぶら下げた携帯無線機を取り出さなきゃならないんだよ」 救難捜索に携行される無線機は到達距離が短いが、無いよりは格段にましだ。 パクは逃げることばかり考えていたが、教官は飛竜発見をいち早く通報することを第一としていた。 通報によって、空軍や陸軍は飛竜に対処する行動を起こすだろう。 周辺の航空機や警察、消防などへ警戒を呼びかけることにもなる。 彼らは職業軍人なのだから、己の身の保全だけを考えてはいけない。 飛竜から逃げ切ったら、このことはメモに書き記さなければ。 パクは唇を固く閉じ、上空の影を見上げた。
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