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1話
201X年、3月の名古屋市では幾つもの噂が囁かれている。
人目を忍び、場所を選んで語られるそれらの中に、ナラク.netと呼ばれるものがあった。
殆どの人間は接続できないのだが、幸運にも繋がった者は、願いが叶うとか、超常現象に見舞われるとか言われている。
(超常現象か…)
市立猪井張高校で、藤堂宗司は聞くともなく聞いたその名を反芻する。
宗司はアクセスしてみようと思った。複雑な手順は必要でもないらしいし、妙なサイトに引っかかったら引き返して無視を決め込めばいい。
放課中、スマホからネットに接続して検索エンジンを開き、語句を入力。それらしい名称がトップに出てきた。
ナラク.net。表示されているページの名前だけで、如何なるサイトか一切説明が無い。
宗司はページを開く。
直後、画面が真っ黒に染まり、白いゴシック体でCongratulations!の一文だけが表示される。
文字が消えると、宗司のスマホが何らかのアプリをダウンロードし始めた。所要時間は20分ほど、半分経過するより前に次の授業が始まる。
(くっそ…ままよ)
半ばやけっぱちになりながら、宗司はスマホを懐に収める。
やがて変り映えのない授業が始まり、ほどなくして異変が起きた。
教師の声、四方から聞こえるペンを、チョークを走らせる音が急激にスローになり、やがて一つの文字列が宗司の意識を支配した。
――<シユウ>
異変は一瞬で収まった。
宗司には訳が分からなかったが、すぐに落ち着きを取り戻すと授業に意識を向けた。
考察は学校が終わってからでいい。
やがて学校が終わり、宗司は家に荷物を置くと独りで街をぶらつく。
意識を周囲に向けると、空間のあちこちに綻びのようなものがあることがわかる。街ゆく誰にも気が付いた様子はない。
宗司が綻びに向かって突進すると、周囲から一切の音と人の姿が消えた。無人の街に一人佇む。
猪井張高校に入って初めての夏、宗司は人の顔を持った鳥と遭遇した。
それ以来、妙なものが視界にちらつくことが増え、冬休みに入る頃には、このような事すらできるようになった。
化け物が現れる時、不思議と周囲に人気はない。この無人の街の正体は見当もつかないが、ここには人間の代わりに化け物が徘徊している――つまり、存分に力と技が振るえる。
「おい、なんかとんでもないのがいるぜ…」
「…あ、僕、見たことある。ウチのクラスの藤堂君だよ!」
宗司が無人の街に足を踏み入れた数十分後。
2人の少年が、宗司の戦いを声を潜めて物陰から覗いていた。
丸眼鏡をかけた、インテリ学生のような風貌をしているのが高島侑太。小中学生のような小柄で、髪を童子のように切り揃えているのが大友貞夫。
同じ高校に存在する都市伝説研究会のメンバーである。
2人の視線の先、住宅街の市道上で藤堂宗司が髪の長い女と切り結んでいた。
女は両手に草刈り鎌を持ち、豹のようにしなやかな動きで宗司の襲い掛かる。
猿のような咆哮と共に距離を詰め、彫刻のようにすっきりした鼻梁と切れ長の目が印象的な青年を切り裂かんと両手の鎌を続けざまに振るう。
宗司は残像が見えるほど踏み込みで斬撃を避けると、すれ違いざまに髪の長い女の首を、手にした刀で落とす。
刃が首に食い込む瞬間は、ぬるん、とでも擬音が付きそうなほど見る者に骨の抵抗を感じさせない。
首を落とされてない攻撃を継続する女の胴体が宗司に躍りかかるが、いつのまにか鞘に納めていた刀を抜き放ち、得物の鎌を3つに両断されてしまう。
戦闘が終わると、宗司は侑太と貞夫のいる方向に顔を向けた。
「やば――!?」
宗司は突風のように駆け、刀を鞘に納めたまま2人の前に立つ。
「誰だ」
「…都市伝説研究会の、高島侑太だ。こっちは大友貞夫。クラスメイトらしいな?」
「…なぜここにいる?」
侑太はこの場にいた理由を明かす。
3人がいるあたりは昨年、通り魔被害が起きており、先月にも4件の殺人未遂事件が起きている。
「妙な人影を見たっつー報告があるくせに、不審者情報はないんで、こっちにも依頼が流れてきたんだよ」
「…長い話になるな」
「あぁ、なるなる。一旦出よう」
その場は解散となり、翌日の昼。
宗司は部室棟の一角を占拠する都市伝説研究会に足を踏み入れた。
部室に入ってすぐ目に入るのは室内干しの洗濯物のように吊られている護符。
中央に置かれた応接セットの右手には、風水、中部の都市伝説、など怪しげな背表紙の本がずらりとならんでいる。
部屋の突き当りに置かれた、艶やかに光るライトブラウンのパソコンデスクと革張り回転椅子が侑太の定位置だ。
宗司はこの部屋で、多くの有意義な情報を聞いた。
伝説上の存在である妖怪や魔物、果ては神すらも、公にはなっていないが実在する。
彼らは現世と彼らの住まう処、幽世から二つの世界の間に生まれる異界を通って現世に干渉してくる事がある。
そして、神魔との接触などの神秘体験を経て彼らと戦う力を身に付けた人間もまた、異界を通って幽世に渡れるのだ。
対して宗司の側も、幾つか情報を明かす。
去年の10月ごろから神魔とは何度か遭遇しており、宗司は既に人外ハンターとも呼ばれる鎮伏屋と依頼人を繋ぐ仲介屋にも出入りし、仕事を幾つかこなしていた。
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