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11話
大規模な摘発の直後、運よく保安部の手から逃れる事に成功した構成員20名弱はアジトの一つに集まっていた。
歓楽街の中にひっそりとたたずむビルの1フロアだ。皆、高齢者に恨みのあるメンバーであり、10年以上の年月をかけて狩場となるホームを建設したのだが、無駄になった。
「なぁ、もう解散かな」
「クッソ、忌々しい…」
「再起するにしても金が要る。名古屋に留まるのは拙い」
明り一つない部屋に、突如として光が満ちた。
クラブの如く飾った部屋の中、布張りのソファに腰を下ろしていたウバステの残党が視線を周囲に走らせる。
出入口側から、2人の少女が入ってきた。先頭にいる少女は後ろ髪を編み込んだハーフアップにしており、手足がすらっと伸びたモデル体型。鼻筋の通った小顔に、くっきりした二重瞼が華を添える。
背中を守るようにしている少女は黒髪をショートカットにしており、それがまたよく似合う精悍な印象の女子。
「ウチ、こういう店来るの初めて~!営業してない割りに綺麗にしてんね~」
「ウバステの人たちですよね、残ったのは貴方たちだけ?」
目配せすら無く、残党は立ち上がる。
メンバーのうちの数名が適当に会話して注意を引きつつ、会話に加わらない残党が裏に引っ込む。
回り込んで少女らを捕獲しようとしたのだが、爆発音が轟いたため、部屋に残っていたウバステの構成員たちは思わずそちらを向いた。
「あー、保安部じゃないから警戒しないでよ。死んでても責任取らないからね!」
「…どこのカルトだ?」
「ウチらは特使。ミライ研究所が、アンタたちを引き取りたいって…」
ミライ研究所は、現人類の淘汰を目的とした結社である。
高齢者の間引きを目的としたウバステと、利害は一致する。残党たちが申し出を受けると伝えると、少女たちは友人と別れるような態度で去っていった。
時系列は現在に戻る。
都市伝説研究会のメンバーは、生物感の薄い青年と遭遇していた。
青年はどう対応するべきか迷っている様子だったが、そこに武志が殴り掛かる。虎を思わせる俊敏さで頭部を打ち抜くと思わせ、踵を稲妻の如き速度で繰り出し、青年の左肩に落とす。
「ハハハハ…!」
「あーあー、話聞く所じゃねぇよ…」
青年は不可視の力場を放ち、クラゲのように宙に浮かび上がるも武志からは逃れられない。
怒涛の連撃に四苦八苦している青年に、さらに宗司たちが群がり、戦闘はあっさり終結した。
「で、こいつなんだったんだ?」
「それを聞きたかったんだけどな…」
殆ど肉塊と化した青年の死体を見下ろしながら、武志は呟く。
幸い、青年の血液は半透明の青色であった為、通行人に見られても殺人とは結び付けられまい。
「ま、後でバレても面倒だし、俺から連絡しとく」
その日は解散となった。
研究会はその後も侑太がもたらす情報に導かれるまま、ウバステの運営していたホーム跡を巡るが、斗真の祖母に繋がる手掛かりは無かった。
しかし、仲介屋に奇妙な神魔の目撃情報が上がり始めた。情報の内容は、徳川山町の異界で見た青年と一致。加えて、侑太達の関心を引いた噂がもう一つ。
――ピーターパン。
ピーターパンが名古屋に出るというのだ。
正体は不明、行動も、子供をネバーランドに連れていくのだという者もいれば、窃盗に下見だという夢のない者もいた。
「ウバステの構成員か?」
「わからんぞ。こいつでピーターパンに化けているだけかもしれん」
侑太はスマホを掲げ、宗司と貞夫に示した。彼らは現在、ファストフード店の隅に集まっている。
「Cアプリって事…ピーターパンなんて引けるの?」
「まぁ、いるんじゃないか?有名だし」
ピーターパン、人形めいた青年と出くわしたらすぐに知らせる、とだけ決めて3人は店を後にした。
その日の晩、宗司は<シユウ>の力の一端を解放し、広域の探知を行うとビルからビルを飛び移り、鶴舞方面を目指す。
宗司は何処かの企業が所有する事業所と思しき、箱型の建物の敷地内に降り立つと<シユウ>へ変身。屋上で屈むと内部の音に聞き耳を立てる。
<シユウ>は風から音を拾うことで、視界の外の状況をある程度探知できる。
しかし、建物内の様子は全く分からない。踏み込むしかないか、と判断するのと、背後で大量の粘液が立ち上がるのはほぼ同時であった。
覆いかぶされる前に察知し、跳んで逃れた<シユウ>は現れたスライムを無視して屋上を破壊。建物内に侵入。
「あ…!」
荷物を抱えたスーツ姿の男と遭遇。
男を見るや、<シユウ>は男目がけて左拳で『疾風』を繰り出す。
踏み込んだ勢いで床に足跡が刻まれ、放たれた衝撃波が壁や床に亀裂を入れながら男を貫く。
れっきとした殺人だが、<シユウ>は何も感じなかった。ただ、力を存分に振るう喜びとこの建物に待ち受けるであろうモノに対する期待が大半を占めていた。
バグズやジャージーデビルといった神魔も現れたが、<シユウ>の敵ではない。
ヤマトタケルのようにスリリングではないが、圧倒的な力で蹂躙するのも悪い気はしない。
頭蓋を裂き、烈風で切り刻むたび、心に溜まった垢が流されていくよう。宗司は一直線に施設内の中心と思しきエリアを目指し、そこで繭のような物体を発見。
MRI室に似た清潔感のある部屋に鎮座するオブジェを 抜き放った刀で十字に斬りつける。
中からのっそりと、徳川山町で見た青年が現れた。
<シユウ>は現れたものを殺害。抵抗する間もなく分解されたそれは、やはり透明な血液を流した。
侑太や保安部に知らせるべきかとも思ったが、この殺戮への言い訳が面倒だ。<シユウ>は疾風のごとく駆け、施設から逃走する。
宗司が襲撃から帰って3日ほど経つ頃。
名古屋の心霊業界ではウバステ、ミライ研究所の構成員狩りが起こっていた。
家族や友人を失った異能者達が中心となり、アジトと思しき場所を発見すれば突入し、徹底的に破壊していく。
「相当恨まれてるみたいね、彼ら」
「ウチらが小学生の頃には、もういたんでしょ?なら、犠牲者もすごい数だと思うよ」
「どっちにも属してないけど、逃げ切れると思う?」
両団体を繋げた少女達は囁きを交わす。
「そんな事、後で考えればいいよ!」
ハーフアップの少女、宮本芽以花はにこりと笑う。
大須の商店街を歩いていた2人は、お目当ての男を発見すると、近づいて声を掛けた。
振り返って対面しても、十人並みとしか思えない容姿の男こそ、愛知県警が探し回っている大量殺人犯の六道大輝であった。
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