12話

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12話

 8月の半ばを過ぎると、ミライ研究所、ウバステの影はすっかり見えなくなった。 壊滅した、とも名古屋から出ていったともいわれている。そしてこの頃から、ネット上では高齢者による事故を問題視する書き込み、歯止めのかからない高齢化を不安視する意見が目立つようになった。 それらの一部は、大輝の部下がマメに投稿しているモノである。 「地味なことやってんね~、ひたすら殺しまくるのか思ってたけど?」 「うるせぇな、俺らだけでやっててもキリがねぇよ。少しでも味方を作らねーとな」  異界・名古屋の雑居ビルの一室。 寝袋や食料などと共にデスクトップPCが唸り声をあげ、ウサギやキツネ、アライグマのマスクをつけた男女がキーボードを黙々と打っている。 全て芽以花が用意したものだ。 「ピーター」 「どうした、ラビット?おい、もう出てけよ」 「そんな風に言う必要なくない?じゃーね」  大輝が荒っぽく言うと、芽以花は唇を尖らせて部屋を出ていった。 大輝は芽以花がビルを出ていった事を確かめてから、ウサギのマスクをつけた女の話の続きを促した。 ――ネバーランド? ――そう、稲村さんが。  宗司は侑太から、ネバーランドなるグループが名古屋市内で密かに活動しているようだと伝えられた。 懇意にしている稲村というライターによると、殺し屋のグループらしい。まだまだ認知度は低いが、子供や若者は狙わないというルールのもとで活動しているという。 ――ウバステか? ――怪しいだろ?実態とかはまるで把握できてないらしいけどな。  それ以上の情報はこっちで調べるしかない、と侑太が送信してくる。 稲村も偶然行き当たっただけで、金にもならない情報を追う気はない。 宗司達もあちこち伝手を頼って、ウバステと斗真の祖母の行方を追ってみたが、収穫の得られないまま9月になった。  季節感が崩れ、まだまだ暑気の残る9月の名古屋。 2学期が始まってすぐの教室で、宗司は不穏な空気を感じた。 聞くともなしに廊下や教室の喧騒を耳にしていると、おまじないや心霊スポットを話題にしているグループが幾つもある。 結婚相手がわかる番号や、同じ内容の夢を何度か見る、というような内容だ。 「なぁ、夏休み明けてから変じゃないか、ウチの学校?」 「ね、そこら中で占いの話してるヤツばっかり」 「……」  5人は放課後、都市伝説研究会の部室に足を向けた。 ただならぬ状況に陥りつつあるのではないか、という感覚にとらわれ、帰るのが躊躇われたのだ。 「神魔の存在が徐々に広まってんな」 「え!?そうなの?」 「おう、神話の神々だの大妖怪だのじゃねーけど、おまじないとか占いとかが流行るのはありがたくねーな」  嘆息する侑太に、斗真はウバステの行方について尋ねる。 友人や親に相談することもできないし、頼る伝手もない。斗真からすると、事情通らしい侑太くらいしか当てにできる者がいないのだ。 「あぁ、それについては少し調べられた」  侑太は全員のスマホに写真データを送る。 アライグマやウサギのマスクを被った人物の画像である。ほとんどが夜中や夕方、遠くから撮影されたものであるため手掛かりとしては弱い。 「こいつらは?」 「通り魔さ。目撃談はニュースになってないが、最近高齢者狙いの通り魔が続いてるだろ?」 「…!」  画像に続いて、侑太は一枚の手紙をテーブルに出した。 全員に見えるよう広げると、そこには一文。報復を恐れよ。 「身バレしてる?」 「多分。で、どうする?」  一座の間に重い空気が流れる。 斗真を除く、4人の意思はウバステの追跡から手を引く方に傾いている。 身内に高齢者がいるならばともかく、そうでないなら敵対を承知で彼らと追跡する意味はない。 斗真もそのあたりはわかった為、この場では発言しなかった。その為、単独でウサギやアライグマのマスクを追った。  夜ごと盛り場に繰り出し、時には言い訳を絞り出して知人から聞き込む。 そんな彼が家路を急いでいると、不意に周囲の音が消えた――彼らが来たのだ。 神経を張り詰めさせ、周囲に視線を巡らせると前方と後方からウサギのマスクとキツネのマスクを2人の人物が姿を現した。 「来やがったな、ウバステ…!」  斗真の姿が消え、<ルー>が出現する。マスクの怪人たちも、それぞれ長槍や剣を取り出す。 「なぁ、質問あんだけどさ、赤崎ちづ子ってばーちゃん知らねぇ?」 「……」 「おい、シカトか!」  <ルー>が電光の如く踏み込むが、ウサギのマスクは難なく刺突を躱す。 軌道がストレートだったこともあるが、ただの人間ではないようだ。斗真もならば存分に相手してやる、と白熱を放射する槍を豪快に振り回す。 しかし、戦闘がつづくにつれ、<ルー>は追い詰められていた。  相手は<ルー>を殺すつもりだったが、<ルー>には殺す気が無かったからだ。 長槍がウサギのマスクを裂き、中から女の顔が現れた途端、思わず手を止めてしまった。その背中にきつねの手にした剣が振り下ろされた。 神魔はいい。彼らは化け物だ。しかし、人間は殺せない……そんな恐ろしい事は斗真にはできない。  斗真ならともかく、<ルー>の身体は一撃をもらっても戦闘を継続できた。 しかし攻めきれない、という事実に気づいたことで、<ルー>は守勢に回っている。 一旦逃げるか、とその場から離脱するが、アライグマとクマのマスクをつけた新手が加わり、<ルー>は逃げ切ることが出来なかった。
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